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>> 1990 ギリシア・トルコ旅行記 
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1990年2月、エーゲ海をクルリと回るルートでギリシア・トルコへの旅に出た。
相棒は小学校以来の付き合い「き:」こと教祖様。(現在2児の母)
ここのサイトオーナーえるま→「ま:」こと真紀[まさき]と繰り広げる珍道中。
1991年発行のコピー誌をweb版に手直しした、血と汗と涙の物語(かなりマジ)

当時のレートギリシア 1円=約1.05ドラクマ(Dr)
          トルコ  1円=約15〜16トルコリラ(TL)

何せ昔のことなので、出てくる
固有名詞の評判・実体も現在とは大違いの場合があります。
その点をご考慮頂きながら読んでいただけると助かります。

[所々にオタクなネタが入っていたりしますんで、分からない方は読み飛ばしてやって下さい(^^; ]

旅の始まり (成田→チューリヒ→アテネ) 19900206-07
 とにかく、事の始めからついていなかった。10月から動いていたにもかかわらず、J○○には軽くあしらわれ、日△には正月過ぎまで「航空券が取れた」とダマされていた。
 出発までもう一ヶ月も無い。「卒論提出を控えた教祖様を煩わしてはいけない!」私はあらゆるツテを頼って走り回っていた。だがどうしても取れない!それはまるで「旅行には行くな〜」というお告げかの様に。
 しかし!我らが教祖様の偉大なるお力で航空券が取れたのである。それも出発日の10日前、超おトクな大韓航空。復路には、2年前に訪れたチューリヒに一泊出来る♪(金は自前だけどね)フッフッフッ私達の粘り勝ちさ!
   今思うと、これらの出来事が旅の中身を暗示していたのよね…

 1990年2月6日、康くん[『HELLAS』作者]に見送られ、教祖様と私は殆どチェックも受けず成田空港に到着した。搭乗券を受け取り、荷物検査を抜けたところでやってくれました!教祖様。搭乗券をどこかに置き忘れたの…。空港職員のおじさんが、すぐ届けてくれたけど。「この先どうなるんだろ…」



 ま:とっても快適、食事はおいしい・適量。おススメの大韓航空でやって来
  ましたスイスはチューリヒ♪などと浮かれているが、フランクフルトを出
  た後、突然ユレだして死ぬかと思った…


 き:だめよ!私達はフランクフルトで既に死ぬ思いをしたでしょ!「やはり
  用をたすのは地に足がついたところで…」と思い、機内でしなかったのが
  まずかった!ぬぁんと、ここにはトイレが無い!!!これからがミモノで
  したね〜


 ま:そうそう。皆が皆、殺気立って職員と問答の末、次々と待合室から飛び
  出していったもんね…。「人類皆兄弟」とは、よく言ったもんだわ。


 き:そうなのよ。そして朝早くチューリヒに着き、アテネへのフライトを待
  ちながら、私はてるてる[坊主]を作ったのだった。


 ま:ましゃきはスイスの物価高についていけませ〜ん!お金が足りなくて、
  空港のカフェでレジのお姉さんにマケてもらったんだぜ。


 き:あ〜笑える!私の1000円をスイスフランにしたが、パン1個と紅茶2
  杯すら買えない!で、真紀の米ドルを出そうとしたけど、結局よくなった
  のよね。まったく信じられん。


 ま:「日本の恥さらし者」と呼んで下さい…




アテネ 1 & ピレウス

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ATHINA 1 & PIREAS

19900207-08

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 さて、我々はオリンピック航空で一路アテネへ。100席程の小さめの飛行機だった上に、曇りで非常に風が強かった。

 き:生まれて初めて飛行機を恐いと思いました。まあ風が強かったけどね。
  でも!乗客が着陸後拍手した…というのを聞けば、お察し頂けるでしょう。


 ま:すごいノリだったよね。さすがギリシア人。この後我々は、両替を済ま
  せてエクスプレスバスで市内へ。目をつけていたホテルの料金がこちらの
  予定と合っていたので、すぐ泊まることに決めました。


 き:そして飲み物の買い出しついでに、夜のプラーカ探検。夕食は機内食の
  残りをホテルのベッドの上で食べたの。そして次の日…


 ま:テッサロニキに行くので早起きするつもりが、疲れのために寝坊した。
  おまけに北西方向にあるラリッサ駅へ向かっていたのに、気付いたら遥か
  南西の地点にいた…。(背中が痛いんだよ〜ん!)


 き:「あ〜ラリッサ駅はどこ!?」2人ですごい格好だったよ。まるで芝刈り
  に行ってきたおばあさんの姿…。若者に笑われたのよ。


 ま:で、急きょ夜行に変更して、それまではピレウス観光をすることに。

 き:ピレウスも良かった!まず博物館のレリーフが結構いいのあったよね。

 ま:うん、スグレもの揃いでした。料金は安いしetc... それより教祖様は焼
  き栗でしょ!


 き:そう!あの「心臓やぶりの坂」を登る前に、念願の栗を食べたのよね〜
  あ〜おいしかった♪


 ま:カステラの丘からの眺めは良かったよ〜♪ふと望遠レンズを覗いたら、
  アクロポリスやリカヴィトスの丘まで入るんだもん。写真撮っちゃった!


 き:ここでは現代ギリシア文化の様々な面を発見したね。(お、急に真面目
  な口調)ギリシア文字の書きなぐってあるベンチやら、桜の様な花、ベネ
  トン色の若者のいでたち…。


 ま:そうだね。普通の住宅街をブラブラしたのは今回が初めてだったので、
  とっても楽しめました♪。。幼稚園の庭で遊んじゃったしネ!


 き:帰りも地下鉄に乗って市内へ。そして美人のお姉さんがいるはずのギリ
  シア風ファーストフードへ行き、たらふく食ったの。


 ま:この時またデモに会った。こわいよー[昨年の経験より]





テッサロニキ

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THESSALONIKI

19900209-12

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 夜行バスの乗客は10名いるかいないか。本当はもう1本後のバスを予約していたんだが、チケット売り場のおじさんに「21時半発のバスに乗ってけ」と言われ乗り込んだのだった。しかしその分テッサロニキ到着が夜明け前の寒〜い時間になる。また途中の休憩時にバスのドアを開けっ放しにされるので「さぶっかった」という記憶ばかりなり。更に運転中の運ちゃんと、一晩中くっちゃべってる女がひとり。ぶあかやろ〜な夜行バスでした。

 き:夜行バスってもんは、つらいのねー。寒いし、うるさいし、眠れやしな
  い!話がちがうよー!!


 ま:そうよ!星がきれいな夜で、いい気分に浸っていたいのに。ギリシアの
  バスはボロいので、冬は後ろの方の席がいいと思う。そうすりゃ運ちゃん
  に話しかける奴の声も聞こえないし、休憩の時も寒くないしね。


 き:テッサロニキへ着いた途端、私は不快になった。人々の目つきが悪い!

 ま:暗〜いのよね雰囲気が。でも荷物預けのおじさん達は良かったよ。

 き:それはね。。でも私は初めのインフォメの姉ちゃんが頭きた。英語喋れ
  なくて、よくインフォメーションやれるな!!


 ま:全然英語が通じなくて、しまいには逃げちゃうんだもんな〜。駅といい、
  チケット売り場といい、バスターミナルといい、「妙」よね〜。よくぞこ
  こまで意地悪な奴を集めたもんだ。それにさぁ、ホテルよ!ホテル!


 き:どこ行ってもいいとこ無いから、一泊目以外はDランクに泊まってしまっ
  たぁぁぁ…!


 ま:ベッドにダニはいるし、シャワーのお湯は出ないし、階下のお風呂は垢
  だらけ。おまけに鍵が壊れているので中を覗けるし、トイレを滅茶滅茶汚
  す奴はいるし、………
ぜえぜえ

 き:真紀!あんたは偉い!!鍵の壊れたトイレのドアを、鍵穴に厚紙挟んで
  閉めてしまう。これぞ旅の醍醐味!と申したくもない。あ〜酷かった。で
  も、ここの隣のレストランとサンドイッチ屋のおじさんトコだけは二重丸♪


 ま:そうだね。殺虫剤のせいで鼻血を出した私でも、心が和みましたわ。そ
  れと、ホテル探しの途中で会ったお兄ちゃん。


 き:アラブ系だったね。あの人はいい人だった。もっと安くて駅から近けれ
  ば泊まったのにね。さ、これでテッサロニキともおさらばさ!!


 ま:博物館のこと言うの忘れてるゾ…。展示品は良かったよ。金細工が凝っ
  ていて、今まで見てきたのとは美術的にも違うから面白かった♪だからペ
  ラに行けなかったのは、非常に悔しいっ!丁度閉っていたんだよね、この
  時期は。


 

 ホテルのランク ギリシアのホテルにはAからEの5つのランクがあった。
         経験から、我々が精神的に安心出来るのがCランクだった。


 厚紙 真紀のビニール製眼鏡ケースに補強の為に使われていた。
    もちろんビニールを破いて取り出したのだよ。


 殺虫剤 ベッドのダニ退治のためなのか?チェックイン後、外出から戻った部屋の中は
     その臭いで満ち満ちていた。教祖は舌がビリビリに、真紀は鼻血を出す始末。
     …ってゆーか、そんな危険なもの使わんでほしーわ。





イスタンブルへ!

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ISTANBUL'A !

19900212-13

 12日の午後2時発(の予定)の列車に乗るべく国鉄駅へ。しかし待てども待てどもホームの表示すら出ない。通りがかりの親切な兄ちゃんや、マトモなインフォメの姉ちゃんに2番ホームと教えられ、そこで待つこと1時間半。しっかり遅れてきた列車に乗って、陸路トルコ入します。

 き:コンパートメントで一緒になったお姉さんは感じ良かったな。心は既に
  バラ色。


 ま:それなのに国境を越える前に降りてしまわれて、部屋には我ら2人。そ
  して事件が起きた…


 き:我々のコンパートメントの前でタバコを喫っている青年1人。目が合う
  とニッコリ微笑む。…と、いきなり部屋に入って来てしまった。


 ま:「ナンなんだコイツは?」と思いつつも、そこはそれJapanese smile
  で穏便に追い出そうと試みる。時間はかかったが追い返すことに成功した
  のだ。


 き:でもさ、まともな目してたんだよね、その時までは。ところが…

 ま:今度は死んだ魚のような目の仲間数名を連れて、ニヤニヤして戻ってく
  るんだぜ。


 き:私たちは寝ようとしていたのにぃ!で「この野郎〜」と思い、まずは英
  語で「もう休むからバイバイ」と言ってみたのだ。すると…


 ま:おそーじのおばさんが入って来なければ、暴力沙汰になってたよね。部
  屋の灯りまで消しちゃうんだもん。


 き:あっぶねー!!そのうち言葉が荒くなり、とうとう日本語で凄んでしまっ
  た。するとビックリして引っ込んでいったのだよね。さて、ここからが我
  らの腕の見せドコロ。


 ま:三度目の正直。海外旅行三回目にして初めてロックメイトを使ったよ。
  それでドアの把手をグルグル巻にしてね。でも片方がトイレに行く時とか
  も気を使ったよねぇ〜


 き:おまけに私は弟のアーミーナイフを取り出していたのだった。使わずに
  済んだことを
に感謝しちゃうよ。

 ま:それからそれから…あぶねー奴は来なかったけど、ヘンな奴が来たよね。
  ゆっくり寝てもいられない。


 き:面白い奴だった!国境で車掌さんにパスポートを預けてからよ。列車は
  ずっと動かないし、車内の電気消されて暖房も止められちゃうし。


 ま:「アテネ迷子事件」以来、ずーと背中は痛いし…。借りたペンライトが
  早速に役立ってしまったよ。だが寒いのはどうにもならないからね〜


 き:ここで小型ホカロンが活躍したのサ。しかし我々の乗った車両は切り離
  されて、一両だけぽつねんと取り残されてしまっていた。動かないからト
  イレに行っても鍵が開かなかったのよね。


 ま:寒いは、買い出ししといた食料も尽きたは、いつ動くか分からんは…
  我々は精神的に相当追い詰められて、目が合うとヘラヘラ笑うしかなかっ
  たのだった。


 き:おまけに変なおじさんが多いんだな、ここは。夜も夜、ドアは先程のロッ
  クメイトで厳重に巻いてあったのに、いきなりガシャ!!と凄い音をたて
  て開かれた。うつらうつらしていた私達は慌ててロックを外そうとしたの
  よ。なのにそのドアの衝撃など気付かない様子で平然とパスポートを返し
  てくれたのだ。それも手持ちのライターで照らして…。「さすが聖闘士発
  祥の地!」と感心する2人であった。


 ま:朝は朝で、また突然ドアが開けられ、横になっていた我々は飛び起きた。
  ところが当の本人は"
No problem. Not danger."だとよ!そいつの正体は
  車掌であった。(まったく何、覗きにきてるんだよ、大事な時に助けてく
  れないで!プリプリ)
   外が明るくなっても、列車は引き込み線内を左右に動くだけで全然やる
  気を出さない。全て用意が整って、イスタンブルへ向かってちんたら動き
  出したのは、9時過ぎだったわ。実に12時間も停車していた訳だ。夜は
  走らない「夜行列車」って何モノさ!


 き:そして今度はトルコ人のお出まし。いちいち自己紹介して回っているの。
   我々のコンパートメントのドアを開けて、ものすごい笑みを浮かべ
  "Japanese?"と尋ねるその車掌さん。"Yes."と答えると"
I'm Turkish!"と
  叫んで行ってしまった…。あれは何?


 ま:教祖様、あれが噂のトルコ人なのよ。でもね、とても親切で「トルコの
  一等車においで」と誘ってくれたのだ。


 き:そこは車掌さんたちのたまり場。きっと自慢だったのね。暖かくて、確
  かにコンパートメントに比べればフカフカの椅子♪私達はそこで日記を書
  いたのさっ。


 ま:しっかしその親切も、どこか間が抜けている。棚に荷物を載っけてくれ
  たのはいいけれど、終点のシルケジ駅に着いた途端そのままバイバイ。2
  人して必死に降ろしたのよ!


 き:そうよ、あんな高い所に載っけといて!
   でも私は、この一等車でトルコの景色を初めて見られたのは嬉しかった♪
  アヒルを追うカボチャパンツをはいたおばさん。貧乏な田舎の風景---。
  次第にイスタンブールに近付き、ミナレットが見え始める…。ウーン!!
  よいわぁ〜


 ま:私にとっても憧れのルートでトルコ入り出来たので、感激もひとしおで
  したわ。只さ、どーしてシルケジ駅周辺が一年の間にきれいになっちゃっ
  たのー?
ビレット売りの少年が見当たらなくて焦ったよ。

 き:雨の中、真紀は走り回り、やっとバスをつかまえたのだ。そう、既にこ
  こに至るまでに彼女は肩を痛めていたっけ。
   私は荷物が大きすぎて、満員のバスの中で邪魔で仕方なかったのよ。そ
  の姿が余りにミジメだったのか、優しい人が席を譲ってくれたのサ。


 ま:本当、トルコ人って親切だよね〜(「さり気なく」から「「押し付け」
  まで幅あるけど…)ニコッとしてくれるから、とても親しみが湧くし。
   ところで、テッサロニキを発った頃から降り続けている大雨には参った!


 き:まったくよぉ!びっしょり濡れて、やっと乗ったバス。どこで降りるか
  も分からず、隣に立っていたポチの様な目をしたお兄さんに「トプカピガ
  レジはまだですか?」ときくと、すっごく優しい顔つきで色々教えてくれ
  た。バスから降りる時には、荷物が人の間を通らないので、やってしまっ
  た
怪力無双!12キロの荷物を肩のあたりまで持ち上げたのだ。最後にはそ
  のお兄さんが手伝ってくれたよ♪


 ま:こういう訳で、教祖様のイスタンブルに対する印象は大変良いのでした。



 神 てるてる教団にとって、これは「太陽神アベル様」と読む。(^^;

 ビレット チケットのこと。






ブルサ

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BURUSA

19900213-16

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 き:苦労はしたけれど、無事トプカプガレジに着き、真紀がビレットを買っ
  てきた。「パムッカレ」という会社のバスに乗り、一路ブルサへ。


 ま:ボスポラス大橋を越えてアジア側に入る。景色を見ていたいのだが、睡
  魔に襲われ前後不覚に陥った。一度イズニクで目覚めたが、あとはダメ!
  車掌さんってば教えてくれないの。
プリプリ

 き:午後9時頃大きなオトガルに着いた。真紀が不安になり、バスを降りて
  車掌に"Bursa?"と尋ねたら「そうだ」と言うのだ。
   さあ!タクシーにするか、
ドルムシュにするか。ポリス(全く英語は通
  じない)にきいて、結局後者に乗った。男の人2人でやってたんだけど、
  なんと料金はタダ!途中行き止まりだったからだね。


 ま:ウル・ジャミィまで送ってもらい、ホテルへ行く。ところがよく分から
  ないのだ。道行く人に尋ねたりしていたら、あっと言う間に10数人もの人
  垣に囲まれていた…
   やっとこさ見つけたホテルに荷物を置いて、夕食の買い出しに出かける。
  ヘンな兄ちゃんにからまれて、戻ってきたのは11時過ぎだった。
あー疲れ
  たよ〜ん!


 き:翌朝も雨。え〜ん、てるてる〜!そこで博物館のはしごです。(「アタ
  テュルク博物館」ってば、建物がピンク色で、とってもメルヘンちっく♪)
  でもお昼近くにはサーと晴れてきたんだよ。


 ま:それまで雲のベールをかぶっていた周囲の山々が姿を見せてくれました。
  とってもキレイなの♪
トイレ事件などにはめげないゾ!(トルコの少年よ!
  日本人だってトイレに入るのだ)
   さて次の日は快晴だ。古代のオリンポス山・ウル山に登るのさ。


 き:1時間以上もかけてケーブルカー乗り場まで坂道を歩いていったのに、
  風が強すぎてケーブルカーは運休してしまったのよねぇ。やられたっ!


 ま:どうどう。確かにひどいホコリで目が痛かったけど、途中軍人の兄ちゃ
  んが遊んでくれたじゃないか!


 き:そう、とってもかわいいの!(飢えてるだけかもしれない)

 ま:その後、念願のイスケンデルンを食べられた♪だが飲み物の選択を誤っ
  て、胃酸過多になってしまった…


 き:イスケンデルンにアイランをプラスじゃ辛いわな。ところが不思議不思
  議。
チャイを飲むとお腹すっきり、気分すっきり。1200TLもしたため、
  頭きたけどね。


 ま:腹ごなしに市内観光をちょっとした後、バザールに挑戦。ここブルサは
  絹製品で有名なところ。2人して値切って値切ってスカーフを買ったのさ。


 き:真紀の腕前はすごい!お店の人がびびってしまうくらいサ。
   幸せな気分で、お腹の虫を満足させるため、昨日見た美少年のいる
ロカ
  ンタへ向かった。

 ま:不純(?)な動機が我々の原動力となって、ひたすら歩いたのだが、強
  風がビュービューと吹きすさぶ上、お店は遠すぎた…
   結局途中で行くのを断念して、近くのおいしそうなロカンタに入った。
  しかしこれが大成功だったのだ!


 き:あすこのおじさんは最高の料理人!誇りを持った、すごくカッコいい人。
  皆さん、私たちのメニューは…
イシュケンベ・チョルバス、卵・イモ・ひ
  き肉のトマトソース煮、同じく大豆の煮込みでした。


 ま:余りの美味しさに感動!お礼にあげた日本の絵ハガキが大変好評で、こっ
  ちまで嬉しくなりました。


 き:ホクホクしながら、やっぱり行き着くとこはココ。昨日と同じ店でポル
  タカル・スユ
を飲んで、市場ではポルタカルを買った。

 ま:ホテルに戻ろうと地下道を通ったら、なんと12星座の刺繍入りタオルを
  見つけてしまった。


 き:これは大当たりー!真っ白な地に金の刺繍だじぇ〜!私はレオを、真紀
  はキャンサー、康くんにはアクエリアスを買いました。お店の人に日本語
  も教えちゃったよね☆


 ま:その夜ホテルでは停電があったものの、私たちのブルサでの日々は幸せ
  のうちに幕が下りたのである。ふっふっふっ、今回トルコでの1番の掘り
  出しモノよ♪




 き:次の日、重い荷物を引いてブルサのオトガルに行く。真紀がビレットを
  買いに行こうとする…と、「どこ行くの?」の声。「アンカラ」と答えた
  途端、有無を言わさず人の荷物を持って行ってしまったおじさん。私、取
  られるかと思った。


 ま:すごいスピードだったよね。「もう出発だから」「切符は後で」とか言っ
  て、なんと1番前の特等席に座らせてくれたのだよ。


 き:天気はいいし、見晴しはいい。真紀は感動しまくっていた。北海道がずー
  と続いているような光景。でも、なぜか私の記憶はごく断片的なものなの…


 ま:それでも教祖様、車掌さんがお客全員にヴィシュネ・スユを配ってくれ
  たことは
ハッキリと覚えておられるでしょ?

 き:もちろんさ!真紀はバスの休憩所で「体重はかってけー」と熱心にすす
  めてた坊やのことも覚えてるよね?やっぱ、お国によって色々な仕事が有
  るよねー。




 トプカプガレジ 当時、イスタンブルの長距離バスターミナルは
         テオドシウスの城壁のすぐ外側にあった。


 オトガル バスターミナルのこと

 ドルムシュ おおよそのルートが決まった相乗りタクシーのようなもの。
       ところで、「ミニバス」との違いを、どなたか分かる様におせーて下さい!


 てるてる 教祖様のお作りになる「てるてる坊主」は霊験あらたか。
      旅行中は「晴天に恵まれて」のハズだったのに、どうしたことだ!
      教祖様、何か悪いことしてない?
      ちなみに「てるてる教団」構成員は、教祖様,夢違康,真紀瑠唯の3名である。


 トイレ事件 公衆トイレに入ろうとしたが、そこには絵文字もなく、ただトルコ語表記のみ。
       どっちが女性用だか分からなくて、近くで遊んでいた少年達に尋ねてみるも、
       「変な外国人が変な言葉しゃべって、トイレを指差してるぅ」とばかりに、
       自分達ばかり大いに盛り上がっていた。
       仕方ないから覚悟を決めて、テキトーに入りました。はい。


 イスケンデルン ブルサが本場という料理。
         細かく切ったパンないしはナンの上に薄くそぎ落とした焼羊肉を並べる。
         その上からトマトソースをかけ更にヨーグルトもかけて出来上がり。
         (おまけに油もかけたりする!)
         肉がイマイチ苦手な真紀だが、これだけは歳とった今でも食べられるよ♪


 アイラン トルコの代表的なヨーグルトドリンク。同量の水を加え、塩で味付けしたもの。
      「肉料理にはアイランだぜい!」と思っているが、
      日本人には好き嫌いがくっきり分かれるみたいだ。


 チャイ これまたトルコの代表的な飲み物。
     いわゆる「紅茶」より濃く煮出すのでタンニンも多そう。
     最初は角砂糖1個でも「甘い〜」とか言っていたのに、
     旅の終わり頃には2個は入れないとダメな体に。。。
     何をするにも「チャイでも一杯いかが?」「はい、喜んで♪」という生活を旅行中続け、
     帰国してから行った歯医者で先生に「お茶好き?」と尋ねられた
     恥ずかしい経験を持つのは私だけ…か!?


 1200TL 当時のレートで約80円位。
      安いじゃん!とお思いだろうが、これでも相場の3倍なのだ。


 ロカンタ 大衆食堂。大きな鍋に入れられた調理済み料理が温められたまま並んでいるので、
      言葉が分からなくても指さして頼めばOK。1皿が100円から200円位。
      テーブルに置いてあるパンは食べ放題。大食漢の貧乏学生には涙が出そうな場所。
      …社会人になった今でも、旅行の度にお世話になってマス。


 イシュケンベ・チョルバス 羊の胃袋スープ。
              臭い消しのニンニクの香りがすごいのだが、これがハマルんだ!
              寒〜い朝にはこれとパンで朝食。ポッカポッカしてくるよん。


 ポルタカル・スユ オレンジジュースのこと。「ポルタカル」がオレンジです。

 ヴィシュネ・スユ こっちはチェリージュース。トルコ人、ヴィシュネがとっても好きです。

 体重はかってけー どうしてこれが商売になるのか?ずっと疑問に思ってる。
          少年とかおじーちゃんとかが「マイ体重計」を前に置き
          1回幾らで体重を計らせている。でもさ、靴はいたままの服着たままだよ!?







アンカラ

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ANKARA

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 ま:永遠続くかと思われた横長の景色の端にビル群が見え始め、アンカラに
  到着しました。実に7時間弱のバスの旅。オトガルで荷物を預けておいて、
  まずはホテル探し。


 き:銀行が酷すぎるところです。両替のナント困難なこと!

 ま:そうなの。トルコで両替手数料を取られたのなんて、この町だけよ。

 き:おまけにホテルもはまったぁ!オリンピアットという。ボーイさんはま
  あまあだが、フロントが全く不愛想。


 ま:更に更に…預けておいた荷物を取りに行った頃から、暴風雨に巻き込ま
  れて全身ビショ濡れ〜もう寒くて寒くて!


 き:おかげで気力が無くなり、初めてタクシーを使ってしまったよ。その夜
  私たちは、おじさんばかりが入っているレストランへ行ってチキンを食べ、
  憂さ晴らしをしたのだった。


 ま:さすがに「食の国・トルコ」。そんじょそこらのチキンとは、天と地の
  差だ。鍛え上げられ、締まった味の肉なのだ。


 き:ふふ。そして、いい気分でラクを買い込みホテルに戻った。しかしそこ
   で待ち受けていたものは…


 ま:何なの〜あの強烈なニオイは!私は即座に諦めたね。

 き:うん。水を入れると本当に白く濁って、面白いことは面白いんだけど、
  飲めないよねー。で、ホテルの従業員への差し入れにしてしまった。


 

 ま:翌朝、ローマ浴場を見学した後アンカラ考古学博物館に行った。

 き:ここでも2人の「プリプリ度」が上昇したんだよね。確かにいい物や面
  白い物はあった。Eating Fish Griffin や人面花瓶なんて良かったよね〜


 ま:うにゃ、ヘンだった。ここは隊商宿[キャラバンサライ]を利用した建物
  で、心底冷えてくるのだ。寒さに震えつつ鑑賞し、暖まろうと館内の茶店
  でチャイを頼んだら高いし…


 き:トルコ音楽のテープや博物館の本も妙に高かったんだよね。そこで決まっ
  た!


 ま:「ねぇ、腹立つから、このまま夜行でアンタルヤに行っちゃおうか?」

 き:この決断が早かった。おまけに館内にはトイレが無くて、外のそれに入
  るにはチップがいるのだ。


 ま:一段とご機嫌斜めになって、2人はテケテケ坂を下りる。ふと横を見た
  ら、あったぜ!ケバブ屋さん。丁度時刻はお昼時さ。


 き:あそこのケバブは最高さ!写真撮っちゃったもんね〜。野菜たっぷり肉
  たっぷり。おまけにナンが美味しいのサ。


 ま:お店の人も本当ーに「人がいい」。すっかり機嫌が良くなった2人組。
  はて、さっきまでの怒りはどこに?


 き:近くにあったユリアヌスの柱を見てからホテルへ戻る。急ぎ荷造りし直
  してオトガルへ向かった。


 ま:バスのチケットを取り、荷物を預けてからアタテュルク廟を見に行く。

 き:既に入場時間は過ぎていたが、門のところの軍人さんはニッコリして入
  れてくれた。その先の人は、我々の手荷物を自分のボックスで預かってく
  れた。


 ま:廟の見学から戻る途中で出会ったのが、休暇中の軍人アリーくん。時間
  外の入場だった為に、パンフ等をもらえなかった私たちを可哀想に思った
  地元の女の子たちが、廟のパンフレットをプレゼントしてくれた。お礼に
  日本の絵ハガキをあげて、お互いの住所を交換して別れるのを見ていた彼
  氏は、近寄ってくるなり
「お友達になって下さい」とのたまったのだった。

 き:何のことかよく分からなかった私たちは、差し出された紙に住所を書い
  てあげた。すると
「時間があったらお茶しない?」だって!これって日本
  語ではナンパって言いません???


 ま:言います。

 き:そして恐らく彼が知っている喫茶店の中で一番「ナウい」(死語…)店
  へ連れて行ってくれたのだ。私たちは訳分からん英語でコミュニケートし
  つつ、夕食までの時間をそこで過ごしたのだった。


 ま:18時過ぎにアリーくんとお別れして、オトガル近くのお店で夕食。テレ
  ビを見ながらゆっくり食べたけど、バスの出発時間まで2時間程余ってし
  まった。そこでオトガルにウヨウヨいた、若い帰省軍人さんウォッチング
  を2人でしていた。素朴そうで、かわいらしい顔つきの子が多くて楽しめ
  たよん♪


 き:21時、アンタルヤに向かうバスに乗る。疲れ切った私たちは、コート
  のフードを顔半分まで掛けて眠そうにしていた。するとすぐ前でペチャク
  チャと話しをしていた軍人5人のうち、1人がチラッとこちらを見たので、
  私の半眼とバッチリ合ってしまった。そしたら恐れをなしたのか、他の席
  へそそくさと移っていってしまった。


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 ま:こんな感じでボーとしてたら(↑)私たちの一角だけ電気を消してくれ
  たのだ。
   もうあとはひたすら寝る!トイレ休憩の時も、眠くて動けなかったさ。
  夜中に2度、吹雪の中をバスが轍に突っ込んだので、チェーンを使って脱
  出した。その時のすぐ近くにまで闇が迫ってくる様は、寝ボケていた私で
  も「自然の脅威」を実感するものでした。




 ラク トルコの地酒。アラブでは「アラック」、ギリシアでは「ウゾ」と呼ばれている。
    アニスの香りがきついが、慣れるとこれがクセになる。
    この時も、帰国する頃には飲めるようになっていたよ。







アンタルヤ

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ANTALYA

19900218-20

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 朝早くアンタルヤのオトガルに到着。「暖かい港町」とガイドブックにあったのに、風がビュービュー吹いていて非常に寒いのである!

 き:ず-----と我慢していた私たちは、着いた早々トイレに行ったの。まっ
  たく、寒い上に遅れたからヒゲキでしたよね。


 ま:正に「駆け込んだ」よね。荷物を預けてホテル探し。何軒もあったので、
  先に博物館を見ることにした。


 き:ここの博物館はすごくいいよねー!展示の仕方が独特で、実践的にやっ
  てくれるので、とても分かりやすい。もう少し説明が多ければ、もっとい
  いよね〜


 ま:私はギリシアの神々の彫刻の部屋がで〜好き♪壷くんもプリチーだった
  ね!探していた『トルコ料理の本』も、ここで買えました。


 き:そこから市街に戻る途中で、近辺の遺跡を巡る1日ツアーの申し込みを
  しようと、Akayという会社へ行った。なぜかチャイの作り方を教えても
  らった。


 ま:その会社から紹介されたホテル「Villa MINE」がハズレ。乙女ちっく
  (爆)な「屋根裏部屋」にダマされて、寒さに震えることに…。

 き:それだけぢゃない!「クリスタル」という食堂に入り、2階へ案内され
  た。散々待たされて…サービス悪くて…余りおいしくないのに…ナンも野
  菜も付いていないのに…なのになのに2人で15000TL ふざけんなよー!!


 ま:相場の2〜3倍だ。怒り心頭に発した我々は、市場に向かった。

 き:そこで紫キャベツを見つけた私たち。キロ単位で売っているのを知って
  はいたが、店番の少年に「1個!1個!」と拝み倒して売ってもらった。
  彼はとっさに値段をつけてくれたんだ。機転がきくよね〜


 ま:その他に、林檎をとことん選んで買い出し。夕食用にパンも買った。も
  う完璧さっ!


 き:いやいやマサキさん、ここからが私たちの腕の見せ所。野菜不足を補う
  ため、ホテルへ帰るや何を作った?


 ま:ふふふ…「漬け物」さ。紫キャベツをアーミーナイフで刻み、教祖様の
  
エチケット袋に入れ塩を少々。出来上がりが楽しみである。



 き:翌朝9時出発のツアーのミニバスに乗りこみ、すごいパワーでガイドし
  てくれるお兄さんと共にペルゲへ向かった。素晴らしい!皆のペースにつ
  いて行けず、必死に駆けずり回った。


 ま:次に行ったアスペンドスは劇場のみ。まあまあだったけど、奥に有る聖
  堂や体育館も見たかったよぉ!さて、お次はシデ。


 き:まず、お昼を食べた。念願のオムレツとサラダ、ヨーグルトだ。イギリ
  ス人のおばさまとテーブルを共にしたが、おかしかったよなぁ〜


 ま:そうそう!このツアーの参加者なんだけど、みょーな兄ちゃんがいてね。
  能面のような表情なの。性格は…悪い。それなのに奥さん連れなのだ。


 き:おばさまとこの兄ちゃんの話をしたのだ。"He lost smile."と表現した
  のを受けて、私たちはそれから「ロストスマイル兄ちゃん」または「こまっ
  たちゃん」と呼ぶことにした。
(C)ロンパールーム

 ま:ここの遺跡はヒドイ。そこかしこで工事をしてるし、ガイドが案内して
  くんないから、何がドコにあるか分からん。…そして最後に訪れた「マウ
  ナガットの滝」なんかサイテー!ここ数日の大雨で増水したため、既に「
  滝」ではなくなっていた。ちょっと段差のあるタダの川よ。


 き:帰路、真紀はぐっすり眠りこけ、今にも椅子からずり落ちそうになる。
  ロストスマイル夫妻もガイドさんも、チロチロ見ているのにお構いなしで
  器用に寝てるんだじぇ!


 ま:ふふっ、これぞ日本人の技術よ!ダテに電車で居眠りしてないぜい。

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 き:ツアー終了後、両替をしようと銀行へ。「トルコリラが足りないから」
  と中に招き入れられ、すすめられるままに出されたチャイを飲んで待って
  いた。すると、そこの銀行員から「Villa MINEで盗難事件があった」と
  教えられた。悪評高いらしい…


 ま:参ったね、こりゃ。本当にホテル運が悪いわね。



 ロンパールーム かつて我々がこどもだった頃、やっていた幼児向け番組。
         良い子の「ニコちゃん」と、悪い子の「コマッタちゃん」という
         2通りのマスコットがいたんだよなぁ〜
         私はそれより「みどり先生」になりたかったのだよ。
         母親に「名前が『みどり』じゃないから、先生にはなれないよ」と
         大嘘つかれて諦めたのだった。おかあちゃん…







パムッカレ

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PAMUKKALE

19900220-22

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 さあ、ここを出るゾ!乗り換え地のデニズリまでは7時間程かかるので、ファーストクラスのバスを利用する。

 き:デニズリから乗ったミニバスで出会った客引きの兄ちゃん、すごい嘘つ
  き。ホテルひどいんだよねー!


 ま:「見るだけでも」と言うので行ってみたら、部屋キタナイ・お湯デナイ
  ・暖房ナイ。だから「他のホテルも見てみる」って言ってるのに「夕方過
  ぎたら、お湯も出るし暖房も入れよう」とかナンとか言っちゃって、ホテ
  ルの敷地内から出させてくれない。人の荷物を従業員に押さえさせて、数
  人で囲んでさ!


 き:仕方ないので嫌々パスポートを渡そうとすると「パスポートは失くすか
  もしれないから、現金先払いの方がいい」とのたまう。「コンノヤロ〜」
  と思いつつも囲まれているし…。で、払ってしまったのが間違いでした。


 ま:「お金払う?それともパスポートにする?」ってきいてきたクセにさ!
  プリプリ。んで、機嫌なおしにヒエラポリスへ向かう。有料のハズの検問
  所を「ハロー!」の一言で抜けた。夕陽に照らされた遺跡は、まっこと美
  しかったです。その日の夕食では、素敵なロカンタに巡り会え「まるっ!」
  でございましたわ。ところが…


 き:ガスストーブ持って来るのはいいけど、ガス漏れしてんじゃないかぁ!

 ま:ホテルの部屋中、ガスのニオイが充満していて気持ち悪くなっちゃった。
  この時だけだよ、トルコ人と本気で喧嘩したのは。おまけにいつまでたっ
  てもお湯が出ないんだよ!


 き:余りの寒さに、使いましたよドライヤー。電圧が適当でないのを承知の
  上で、少しでも空気を暖めようと。更に部屋の電気をつけっぱなしで寝て
  いた。


 ま:上着まで着込んでベットにもぐり込んだのに、この夜生まれて初めて「
  凍死するかもしれない…」と思いました。言い訳させてもらえば、電気を
  つけてた方が、少しでも熱エネルギーが放出されるから。あーもーこのホ
  テルってばサイテー!絶対近寄らないでね〜




 き:翌朝早く、昨夜のロカンタで朝食をとってからホテル探し。シャワー・
  トイレは共同だけど、ストーブ付のホテルにしました。


 ま:前のホテルに荷物を取りに行って、スタッフを無視して出てきた。ぷん!

 き:今度のホテルの部屋に荷物を運び込み、一息ついてから遺跡探検。ここ
  の坊やが教えてくれた、ヒエラポリスへの近道を行く。ところが、その途
  中で
足にヒビを入れてしまった…(当時はずっと捻挫だと思っていた)

 ま:嗚呼!お可哀想な教祖様。不幸、ここに極まれり。ずっと暖房無しのホ
  テルに泊まっていたために洗濯物が乾かず、仕方なく履いたストッキング
  が怪我の原因だった。いつもの通り靴下着用なら、用水路を飛び越えたく
  らいで足を滑らせたりはしなかっただろうに…み、みんなビンボがいけな
  いんや。
 (C)川原泉
   ひとり彼女はバスでホテルへ戻り、私は博物館と遺跡を見に行った。お
  昼過ぎ、テケテケ歩いてヒエラポリスを降り、ピザを買い出ししてからホ
  テルへと向かう。


 き:みじめでみじめで、でも寒くて眠れなくて…。真紀がピザを持って帰っ
  てきた時の喜びは忘れられない。昼食後、さっきの少年が木炭ストーブに
  火をつけてくれた。あったかぁ〜い♪足を痛めたことを伝えると、すごく
  心配してくれたけど、両親が遠くへ出かけてしまっていて、どうしようも
  なかったの。
   しばらくの間、日記やハガキを書いて、夕食を食べにロカンタへ足を引
  きずり行ったものさ。そして風呂…かるちゃーしょっく!


 ま:お湯が出るのは、とても嬉しい。しかしだ!さすがの私でもビーチサン
  ダルを履いたままシャワーを浴びましたわよ。おまけにドアの上の方はタ
  ダの網なので中は丸見え。「み〜」と言いながら、ドアに張り付くカッコ
  でシャワータイムを過ごしたのだよ。


 き:私など、片足屈伸状態で浴びました。ズボンの脱ぎ着の大変だったこと。
  あーお月が私を見てるぅ〜


 ま:はいはい。お星がベカベカ輝く晩でございましたわね。せっかくのスト
  ーブも、夜半過ぎには燃え尽きてしまい、朝はまた動けない程の寒さ。
   
「だー!もう嫌!!早くこの町から手を切りたい」と、翌朝急いで支度
  を整え、荷物を持って朝食を食べにロカンタへ。すると…


 き:あの客引き兄ちゃんが近寄ってきて、食事中の我々に声をかける。真紀
  は恐い顔で「わたしらは怒ってんだよ!」とか「恥を知れ!」と言う。私
  は全くの無視状態。とうとうイスラム教徒に"I'm sorry."を言わせたぜっ。


 ま:やったね教祖様!ジャパニーズをなめんじゃねー!

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クシャダス

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KUSADASI

19900220-25

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 ま:さて今回は、少々ランクの下がったバスでセルチュクに向かいます。美
  しい山道を通り抜けると、懐かしや1年振りのセルチュクの町♪オトガル
  では、去年「エフェス→イズミール」間で利用したバス会社のおじさんと、
  感動の再会を果たしました。


 き:すごい歓迎してくれてビックリ。まったく1年たってんのに、真紀のカ
  オ見ただけで向こうから叫び声あげて来るなんて…余程ヘンなことしたろ!?


 ま:粉末醤油あげて、数十分おしゃべりしただけだい!(も、もしやバスの
  中での「ぐーたら居眠り状態」を車掌からきいているのだらうか?)
   せっかく会えたけど、私たちはそのままクシャダス行のドルムシュに乗
  り込んだ。


 き:クシャダスのオトガルで食べたピデは生涯忘れない!味はこってりして
  いるけど、そのこってり度が丁度よいのだ。すごい大きいので、出て来た
  時は「食べきれない」と言ってたくせして、2人してペロッと食べてしまっ
  た。また食べたい!


 ま:ここは郊外のサビれたところで、まさかここまで旨いものが出て来よう
  などとは思いもよらなかった。チャイもとても美味だったし♪もう嬉しく
  て嬉しくて夢中になって食べていたから、舌を火傷しちったい!


 き:その余韻を引きずったまま、私たちは町中へと再びバスで行く。私は足
  を痛めていたので荷物番。真紀がホテルを探してきてくれた。これは大当
  たりでしたね〜


 ま:ふふっ、やったぜ!細い目の、とっても人の良いお兄ちゃんがいてね、
  寒い日にはストーブを貸してくれた。とどめはチャイのルームサービスで
  しょう!お願いした訳じゃないのに、部屋まで届けてくれるのだ。


 き:その夜、私の足は更に悪化。紫色に腫れ上がり原形をとどめていない。
  さすがに「これはヤバイ」と海外旅行保険の説明書を読み始める。病院へ
  行こうか?とも考えたが、言葉も状況も分からない異国の地。困った我々
  は、そのお兄ちゃんに相談する。症状を見た彼は、薬を買って来て、丁寧
  にゆっくりゆっくりコールドマッサージまでしてくれたのだ。


 ま:2人してお兄ちゃんの「トルコ民間療法」にいたく感動!せっかくだか
  ら、この町で少し休養を取ることに決めました。


 

 き:次の日、足の負担を軽くしようと、使わない荷物を小包で送ることにし
  た。そしてここでもトルコ人の「思い込み親切」に会ってしまう。荷物を
  入れる箱を探すため雑貨屋に行くと、不要な空き箱に入れてくれただけで
  なく、息子が案内までしてくれた。行った先の
PTTが、またまた親切だっ
  たのよね〜


 ま:いやいや教祖様。「親切」っちゅーより我々の「押し」が強かったので
  は?昼休み中だというのに局内に入り込み、荷物を預け「食事に行って来
  るから、ここに置かせてね!」ですから…


 き:ウーン私たちってすごい。ふっ、全ては笑顔で済ませるのさ。でもその
  おかげで、戻って来た時には"Oh! Japonya!!" と言いながらPTT職員が
  ワラワラと集まって来ちゃったのよ。「何?何が入ってるの?」ってね。
  本が妙に受けてたナ。あとチャイの葉を見たら"Good"とか言ってたよね。
  で、ここのお姉様がかわいかったの♪


 ま:とっても頭の良さそうな人で、「航空便で送る」と言った私らのことを
  心配してくれて、船便の料金も調べて教えてくれたのだ。航空便だと、大
  学卒の初任給の半分近い金額になってたもんね。まさかあんな身なりをし
  た我々が払えるとは、予想だにしていなかったのだろう。


 き:全ての手続きを終えてPTTを出ると、お姉さんが真っ赤なカオして追っ
  かけてきて「手数料もらうの忘れちゃったわ」って言うの。かわいいよね〜


 ま:でへへ♪(少々オヤジ入)しかしスッカラカンになってしまった財布に
  ショックを受けてフラフラ歩いていたら…行ってしまったのは青空市場。


 き:ここで見つけたオレンジがおいしかった!送料貧乏なので、夕飯は質素
  にしておきました。


 ま:パンに白チーズ、煮干しに、アンタルヤで作った漬け物だ。へるし〜



 き:3日目、流石に遺跡巡りをするべくプリエネへ行く。ここは非常に良い。
  殆ど人はいない。風がゴーゴーいい、山あいを吹き抜けてくる。樹木がザ
  ワザワ鳴り、日射しはポカポカと暖かい。眼下には水田が広がり、バック
  には岩山、目の前に柱。お花もぷりてぃ♪柱のかけらの上に座り、しばし
  ボーとしてしまった。


 ま:ちょっとギリシアのデルフィを彷佛させます。元々海に近かったのか、
  砂岩の柱が多かったり、貝殻が沢山落ちていたね。




 き:再びショケまで戻り、昼飯を食す。ここのオトガルのトイレはきれいだ
  ゾ。


 ま:そうなの!感動的な美しさ。日本も見習えよ〜
   その後13時発のミレトス行のバスに乗った。この車内で地元のおばさ
  んに、嬉しそうに背中をバシバシ叩かれた。ナンなのアレは?


 き:ウ〜ン、ここの人のリアクションは分かりかねる。さて問題のミレトス
  だ。


 ま:入口正面にでん!と居座った劇場に、2人して「こんなところでオニギ
  リを食べながら麦茶を飲みたいね♪」と言っていた。だが感動もそれまで。
  遺跡は既に羊の放牧地と変わり果てていた…


 き:哀しかったね〜ここの羊飼いのおじさんは、写真を撮ってもらうのを生
  き甲斐としています。持っている何枚もの写真を見せた上に「撮れ撮れ」
  としつこく迫る。うるさ〜い!おまけにライオンの像は、雨が溜まって出
  来た水たまりに埋もれているし。


 ま:ううっ可哀想なアスランくん。敷地内を一通り見て、入口へと戻った。
  博物館も有ったんだけど、疲れているのでパス。遺跡から出るバスは終わっ
  ているので、お店の人に言われた通り、メインロードまで出た。しかし来
  ないのよ。


 き:じーと待っていると、農業用トラクターに乗ったおじさんが通りかかっ
  て「もうバスは無いから、2つ先の町まで行きなさい」と教えてくれた。
  そこで何もない道を歌いながら歩いていたのだ。………すると!?


 ま:我々の進行方向から走ってきたトラックが突然Uターン。運ちゃんに、
  どこへ行くのか聞かれたので、「アクキョイ経由でクシャダスへ」と答え
  た。すると「送ってあげるから乗りなさい」と言うのだ。


 き:ちょっと迷ったけど、いい目をしていたので信用して乗り込んだ。初め
  て乗ったトラックの座席は、とても高くて見晴らしがいい♪気分爽快!真
  紀はレモンをもらったんだよね。


 ま:はい。あのレモンは私と共に海を渡り、遠いギリシアまで行ったのです
  よ、お兄さん。アクキョイに着くと、丁度ショケ行のバスが出るところ。
  お兄さんたちにお礼して、そのバスに飛び乗った。


 き:その夜、ロカンタで「イスケンデルンもどき」(勝手に命名1)を食し
  た。こりはとても旨い。大層充実した一日だった。


 ま:この日は割合に暖かく、ストーブは無しさ。翌朝マルマリスに向かうた
  めにホテルを出た。お兄ちゃんに直接お礼が言いたかったのに、大事な時
  に居ない彼だった。


 き:きっとボクシングのトレーニングに行っちゃったのね。頑張れ兄ちゃん!
  君なら出来る世界一!




 ピデ トルコ風ピザ。
    つぶれたフランスパンの様な土台の中央に、お好みに合わせた具をのせて焼く。
    カリカリの土台と、焼き上がってからかける溶き卵の半熟状態の相反する食感が楽しめる。
    ちゃんと窯を使ってで焼くのでメチャウマっす!


 PTT 「ぺーてーてー」と読む、電報電話局。黄色い看板が目印。
     旅の途中、何かとお世話になるトコロなのだが、
     行く度にお茶の時間にぶつかるのはナゼ?仕事してないとか?


 アスラン トルコ語で「獅子」のこと。
      セルジューク朝トルコに、この名を持つスルタンが多いです。
      (『ナルニア国ものがたり』でも、この名前が使われてますね〜)







マルマリス

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MARMARIS

19900225-27

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 ま:ホテルのおじさんに教えられた通り、一度ショケに出てからミニバスで
  アイディンへ。そこで長距離バスに乗り換えます。


 き:このバスの車掌さんは、私たちに話しかけたかったらしく、チャイを運
  んで来てくれたりするんだよね。えらいっ!でも眠いので、殆どおしゃべ
  りしなかった。


 ま:マルマリスに着くと、2度客引きにまとわりつかれたが、強い私たちは
  追い払い、普通のホテルに泊まることにした。ここのオーナーは、目のしっ
  かりした良い人です。ホテルの名前の由来まで教えてくれるの。


 き:ホテルの部屋に入るや否や、いきなし洗濯を始めベランダに干した。外
  から見たら、目立つの何のって!その時は気付かなかったものね。


 ま:ああ、昼間に洗濯物を干せる嬉しさよ♪でもね、ベランダへの扉が錆び
  付いていて開けられなくて、2人して「よっこらしょ」と窓をまたいで行
  き来をしていたのだった…。


 き:ここマルマリスは、頭がバカになるくらい気持ちのいい暖かい所です。
  遂にここで魚介類を食べたゾ。ワインも美味だったが、やっぱイカの空揚
  げよね♪


 ま:ワインでぐでんぐでんに酔った教祖様は「お風呂にはいるー」と言い続
  けたものの、ベッドから起き上がることはありませんでした。




 き:翌日は私たちにとってトルコ最後の日。ロードス行のチケットを買った
  後、何もすることが無くてブラブラしていた。


 ま:この地方の人々が「ぐうたら」になるのが分かる気持ち良さ。

 き:まっこと、2人で歩きながら「体が溶ける〜頭が溶ける〜」と力なくヘ
  ラヘラと言っていたものね。二言目には「眠い〜」だった。しかし買い物
  はするぞー!私は絨毯を買いました。


 ま:日本人と見るや、絹製品ばかり持って来る。余り英語力のない店員さん
  ばかりで、目的の品を探すのに一苦労。でも値切るの上手くなったよね〜
  自分の才能にびびってしまう!?さんざトルコリラで値切った後、ドル立て
  にして端数を切り捨てさせたのだから。


 き:またもや真紀の腕の見せ所でしたね。お陰でかなり嬉しい値で買えたよ。
  その上チャイも、何杯もゴチになったし。よほど暇なのか、テラスに案内
  されて町の説明までしてもらった。その後にゃ卓球までしたんだよ。足を
  負傷してんのに…


 ま:店を出た後、困ったことが起こった。この町では残ったトルコリラを外
  貨に変えられないのだ。2人合わせて15万トルコリラ以上有るのにぃ〜!
  ただでさえ価値が下がる一方のトルコリラ、持っていたら大損だ。使い切
  るしかない。
   教祖様の買ったクリスタル製の
チャイバルダックは綺麗でしたね〜

 き:ふふっ♪でも不思議なことに、チャイは素朴なデザインのグラスによく
  似合うのよね。私が買い物を済ませて、真紀が「ラクダの骨の小物入れ」
  と「蝋燭立て」を買っているお店に戻ったところ、そこの店主とすっかり
  話し込んでたね。


 ま:いやぁ参った参った。出るに出られなくなっちゃってさ。その後、夕飯
  を食べようと入った「ベルガマ」というロカンタでボラれてしまった。相
  場の2倍の値段を言われ、トルコリラを使い切るべく計算していた我々は
  呆然としてしまった。そしたら半額にしてくれるのだ。だったら、最初か
  らボッったりすんなよなー!ぷりぷりぷりぷり
   でも次の朝、朝食をとったお店のおじちゃんがとっても良かったから、
  少しは救われましたわ。


 き:スープがとても美味しかった♪ここで手持ちのトルコリラを殆ど使い切っ
  てしまった。そしておじさんの「
ぎゅれぎゅれ〜」の言葉を背にトルコを
  去るのであった。


 ま:ロードス行の船の出航を待つ間、我々2人は側に停泊していたトルコの
  巡視船を見に行って、水兵さんと遊んでしまった。しかしその船には覆い
  もされていない機関銃が装備してあって、国境付近の緊張というものを感
  じてしまいましたわ。




 チャイバルダック チャイを入れるグラスと受け皿。
          このサイトの表紙でアイコンとしても使っています。


 ぎゅれぎゅれ〜 見送る側の「さようなら」この言葉の響きが好きなの〜♪
         かわいいおいちゃんやじーちゃんが使うと、何とも言われぬ趣きがある。







ロードス

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RODOS

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 き:天候は悪いが、なんとか出航。小さな船だよね、ロードスまでいくら近
  いとはいえ。


 ま:しばらく船室からボ〜と海を眺めていたけれど「もしかしたらクニドス
  が見えるかもしれない!」と甲板に出てみた。風がやたらと強いが、景色
  はとってもちれ〜♪


 き:私にとっては初めての地中海♪気持ちいいー!ポッカポッカ。ロードス
  島が近付く。トルコとは違う、やっぱり…。城壁が見えてくる。ウーン重
  みがある。これは久々の
ロマンチックな出だしですね。

 ま:ふふふ、私は知っている。船室で気持ちよさげに寝ていた教祖様。お腹
  がすいた私は彼女を起こすのに忍びなくて、ひとり静かにパンを食べ始め
  た。そしたら「パッ!!」と飛び起きたのだ。さすがよね〜ついさっきま
  でグッスリ眠っていたのに。


 き:えっそんなことあったけー?あったっけ…ハハハ。そうこうしているう
  ちに、とっても暖かいロードスの地を踏んだのであった。約2時間半の船
  旅でしたね。
   まずパスポートコントロールへ行った。列の前の人たちは皆、荷物検査
  をされているのに、私たちは見られもしないで「ハイハイ行って〜」って
  感じで通されてしまった。私たちが悪いヤツだったら、どーすんだろう?




 ま:入国審査を終え、旧市街へ向かう我々は、おじ(い)さんにナンパされた。

 き:凄いノリでしたね〜「もう客引きにはついて行かないぞっ」とあれだけ
  強く決意していたのに。まるでトルコ人の様な明るいノリなんだもの。他
  のホテルを近くに見つけられそうになかったし、インフォメがオフシーズ
  ンのためやっていないしねぇ。冬場はこれが不便だよね。


 ま:車に乗せられ、町外れへ向かう。着いた所は「ホテル・ゼウス」。「ん
  げ!?スケベ爺の名がついたホテルかよ〜」(失礼!)と2人してゲッソリ
  するが、部屋を見てびっくり!ペンションみたいで、とてもかわいーの♪
  とっさに叫んでいたわよ、「私たちがこんな所に泊まっていいのぉ!?」


 き:あ〜あんな感動は久々。木造で清潔な部屋。観葉植物もあるし、ベラン
  ダも広い。ベットもキレイだし、朝食も付く。さいこぉ〜!客引きに連れ
  られて、初めていいトコ来たぜっ。


 ま:さて、荷物を置いてゼウスおじさん紹介の旅行会社へ、クレタ島に渡る
  チケットを買いに行く。


 き:もちろん船さっ。地中海を船で渡るのが、私たちの夢だったのだもの。
  しかし、そこの窓口にいた
カモメール兄ちゃんは「17時にまた来るよう
  に」と言う。何でだよー!聞いても全然埒があかないので外へ出た。


 ま:海岸沿いを散歩しながら「ギリシア唯一」という水族館を見に行くこと
  にした。しかしそこがすごいの…。建物は、タコやイカや貝などの模様が
  玉石やタイルで描かれていて、愛嬌があるんだけどね。


 き:いるのはごくフツーの生物。おまけにガラスが曇っていて見にくいし。
  そのうち「魚の干物の部屋」になってしまった。(
※はく製ではありませ
  ん
)しかもひどい悪臭。トドメ!は「マンボウの干物」ですね。

 ま:思わずうるうるしちゃったぜ。疲れきった我々は、気分転換にアクロポ
  リスを目指すが、歩いているうちに疲労が更に溜まり断念。遠くから眺め
  て良しとする。17時近かったので、再び旅行会社へ。


 き:しかしオフィス内には誰もいない。何度か大声で呼んだら、姉ちゃんが
  出て来て"closed"とのたまった。私たちは怒る。


 ま:ぶーぶー言い続けていたら、ちらほら他の客も入ってきて、スタッフは
  業務再開。なんなのー?!


 き:料金は2人で6793Dr 。思っていたより安くて驚いたね。そして、この
  時に静くんともうひとりのお兄さん[α兄さん]と出会った。


 ま:内輪ネタで悪いね〜。私たちの小学校の同級生だった「静くん」にソッ
  クリだったもんだから、勝手に呼んでいました。


 き:静くんは、安さと日本人の同行者[わしらのことだな]がいることにつら
  れて船にしたのサ。しかもデッキのチケットだぜっ。おそろしや…


 ま:デッキって、真夏でも夜は寒いっていうのにねぇ。ボーとしてるけど、
  実はすげー人なのかもしんない。
   チケットを手に入れた我々と静くん、α兄さんの4人は、明日リンドス
  に行く約束をして別れた。


 き:夕食はホテル近くのレストランで。素晴らしく美味なスブラキを食べた
  の♪ふふふ、柔らかくてね〜、じゅわーとうま味が出るのサ。野菜類もとっ
  ても良かった。やったぜ!これでロードスはカンペキ♪


 ま:その夜、久々のフカフカベットに、2人して深〜い眠りを貪ったのであ
  る。
   翌朝、ゼウスおじさんが朝食を持って部屋にやって来た。寒さに耐えつ
  つ、朝焼けの海を見ながらテラスでの食事と洒落てみる。船は今日の14
  時発なので、チェックアウトを済ませ、荷物を預かっていてもらう。そし
  て約束の場所へ向かった。


 き:バスの時刻を調べてみたら、船の出発時刻に間に合いそうもない。計画
  を変更して、旧市街の観光をする。考古学博物館と騎士団長の宮殿に行っ
  た。石造りで重ーい感じの中世の建物よ♪


 ま:まさに「中世の雰囲気そのもの」で気に入ったけど、ちょっち入場料が
  高くないかえ?維持費かな??
   この時点でもう空腹を覚えた私たちは、2人の兄さんを引っ張って昼食
  をとりに行きます。


 き:また鳥を食ったんだナ。トマトとポテト付き。でもこれは自然に育てら
  れた鳥じゃないね、きっと。油っぽい…ハーフだったのにお腹一杯。トル
  コのチキンの方が美味しかったぜ。でも満足。


 ま:時刻は正午[…]なり。ひとまず兄さんたちと別れてホテルへ荷物を取り
  に帰った。用意を整えて出航予定時刻の30分前に港に着いたのに、船が
  ぬ!「どーしてー?」教祖様が職員に尋ねたら「遅れている」とのこと。
  ああ、やはり
ここはギリシアだった。待合室が無かったので、勝手知った
  る他国の税関。誰もいないのをいいことに、そこのベンチでお昼寝してい
  た。


 き:この日はとてもポカポカしていて、丁度良い昼寝どきだったのサ。実に
  気持ち良かった。でも…職員が来て…最初は見て見ぬふりをしていたが、
  さすがに暫くたつと「ここに居てはいけない」と言う。でも誰も居ないし
  何も無いじゃん!しゃーない。待合室を教えてもらって、そこの喫茶店に
  行って待つことにする。


 ま:え?知らなかった…。余程ぐっすり寝込んでいたんだな…。さて、私ら
  はそこでお兄さんたちに再会。紅茶一杯で粘って粘って日記を書いた。お
  金の計算なども済ませてしまったが、まだ来ぬ。既に時刻は18時過ぎだ
  ぞ!あっ、そーいや第2のトイレ事件がありましたわね。


 き:それはあの晩のことでした-----

 寒くて仕方ないので、トイレに行くことにした。トイレの前まで来ると、中でウーウー唸っている声がする。「なんか恐ろしげだナ」と思ったが、男の人の声かも…と思いきってドアを開けた。そこで目にしたものは…すごく太ったおばさんがそこにはいた。水色のワンピース、膝までのストッキング、体重で壊れそうなパンプス。そうです、ウーウー言って、ドアも閉めずにいるんですね。私は恐くて逃げた。するとドドドドドッという音と共に追ってきた。こわごわ振り向くと、ブンブンと手を振って「こっちに来い」という動作をする。逆らえなかったね。入りましたよ。異様な悪臭が漂い、なんと鍋やクッキーなどの食料もある。そして2つある個室のうち、片方には入るなと言う。死体でもあったりして…。中に入ったものの恐くて用も足せず、水だけ流して出て来たわよ。

   その後も色々あったけど、これは生涯忘れられない恐い事件でしたね。


 ま:この時、ロードスの町は夕方から天気が崩れて大荒れ。雷が鳴っていて、
  町全体が停電に見舞われたのだった。こうした舞台効果も抜群でしたね、
  教祖様。
   そうこうするうちに、あのカモメールがスーツケース抱えて再登場。「
  げっ!払い戻しか?」と焦ったが、当日券を手作業で発券している。どう
  やら船が到着するらしい。


 き:20時過ぎ、やっと船が入港した。予定より6時間遅れだぞ。

 ま:遂にα兄さんともお別れ。3人してドスドス席を取って、荷物は荷物置
  き場へ。静くんひとりを残して、船内探検に出かけた。


 き:でかいカーフェリータイプの船で、設備は整っているのに全然やってい
  ない。お店もレストランもバーも、ディスコのよーな所も…。おまけに乗っ
  たはいいが、
24時にならないと出航しないという。詐欺だぁ〜!ふて寝
  することにした。


 ま:ちっちっ、その前に買い出ししておいたパイをしっかり食べたでしょ!
  しっかし、この船ってば何物?船員の質が悪いのなんのって!夜中だとい
  うのに、テレビを大音声でつけるし、明け方4時にはガーガー掃除機かけ
  るし、早朝から大声で喋っているし…。


 き:そう、あれ程ひどいサービスを受けようとは、誰が思ったでしょう。
  ビエト
並かもしれない。さらに船内に住み着いている様な親子に物乞いさ
  れるし。


 ま:私たちだって同じ様なカッコしてんのにね。(あー書いてて空しくなっ
  てきた…)ギリシアはミステリアスな国でございます。予定より早い23
  時頃にエンジンをかけ動きだしたので、ちょっと気をとり直し、震えるよ
  うな寒さの中で寝たのであった。
   翌朝7時頃、どこ辺りまで進んだかを見に甲板へ出てみた。何だか波間
  に揺れているダケな気がするんですけど…。船員の兄ちゃんに会ったので、
  そばに見える島を指さして「クレタ?」と尋ねると"
No! Rodos."だってー!
  
12時間近くもぷわぷわ浮いてたワケ!?「とりぷる・おーまいがっー」
  でしたね。


 き:一晩動かなかったってこと?私たちのショックはギリシア人の君らには
  分かるまい。遅くとも、クレタ近くの島に着いているものと思っていたの
  に、まだロードスにいるなんて。この時間の大切な旅に…。食事もまとも
  な物にありつけなかった。


 ま:港を出航したって沖合でずーと停泊してちゃ、何にもならないでしょ!
   その後11時過ぎになってエンジンをかけ始めた。当初、クレタ到着が
  深夜0時過ぎになる予定だったので「6時間遅れだから、これで到着は朝
  だ」と結果オーライを期待していたのだが、これではクレタ島に着くのは
  いつになることやら…。
   余りの出来事に何もする気が起こらなくて、1日ぼ〜としてました。今
  思えば、途中停泊した港をもっとよく見ておくんだったな。


 き:ウン。でも海は結構良かった。小さい島々がピョンピョンと見えて、地
  中海よね〜。「あー昔の人は…」なんて考えてると眠くなる。食っちゃ寝、
  食っちゃ寝、しているうちにストレスが溜まってしまった。何も出来ない
  のってストレス溜まるのよね。2人で甲板に出てラジオ体操をしました。
  満天の星の下で。


 ま:島影以外は360度の大パノラマ♪かんどー!こんなの見に甲板に上がっ
  て来てるのって私たちだけよ、ふふふ。
   しかしその平安を打ち破ったものは、真夜中0時半過ぎの「アギア・ニ
  コラオス〜」とのアナウンスだった。


 き:ハハハハハ。ちなみにこの日一日の我らの食生活を披露しよう。
    朝食  ピザとソーセージパンを半分ずつ
    昼食  タコ料理と犬の餌のようなパスタとカビたパン
    おやつ ハムとチーズのトースト
    夕食  朝食と同じ


 ま:…。旅行時の私たちって「強靱な胃袋コンビ」だわね。
   さあ、真夜中にアギア・ニコラオスの港に着いた我々一行を待ち受けるも
  のは一体何だ!?乞うご期待。
ちゃんちゃん♪



 カモメール 左右の眉が繋がって、カモメが飛んでいる姿に見える眉のこと。
       川原泉女史により命名。
       教祖様は彼のことを「小さい頃『一の字』っていじめられたんだ」とか
         
[注意:ギリシアでは漢字を使用してません](笑)
       『ダンガードA』の節で「一文字まゆげ〜♪」とか歌ってくれた。

 スブラキ 串焼き料理。魚や肉を串に刺して焼いたもの。

 ソビエト まさか翌年にこの国家が崩壊するとは思わなんだ…

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イラクリオン

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IRAKLIO

19900302-06

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 き:何とかクレタ島に着いた。さあ、これから私たちの幸せが始まるのよ!
  …のはずだったのに。夜中に着いた船着き場には一軒のバーが有るだけ。
  夜明けまで待たせてもらえるかと思っていたのに、閉まっちゃった〜


 ま:旅行会社の兄ちゃんめ〜!待合室の有無を尋ねたら「有る」って言った
  くせにぃ〜。我ら3人ボーゼンとしていたら、そのバーの兄ちゃんがホテ
  ルの場所を教えてくれた。道なりに進んで、最初の十字路を左に曲ったす
  ぐ左手。


 き:荷物を持ち、足を引きずり、どうにか着いたホテル。夏しか経営してい
  ないような寂れた宿。入口のドアは開けっ放しで、各部屋のドアも開いた
  まま。鍵がかかるか確かめて、泊まることにした。毛布1枚、シーツ無し。
  汚れきった部屋で暖房もモチロン無い。上着を着たままベッドに横になり、
  明かりを消した時のみじめさと言ったら…。


 ま:今回の旅「究極のみじめ」では?更に夜中の暖かさとは裏腹に、明け方
  の冷え込みったらまあ。起きた途端に足がつっちゃったよ〜


 き:ははは…しかし!夜が明けてからの私らの行動は素早かった。バス停へ
  行き、7時半発のイラクリオン行のチケットを取る。ジュース等必要なも
  のを買い込む。勿論その前に朝飯さ。スブラキだぞ♪


 ま:どうも低血圧気味らしい静くん。ボーとしたままコーヒーしか口にして
  いない。朝から食欲旺盛の私らを見て一言、「それ焼き鳥?」
ぶー!!

 き:だははっ!何も知らずに、よくぞここまで来られた。ギリシアに来てか
  ら、何食べていたんだろ?いや〜あそこのスブラキは美味しかった♪久し
  振りのまともな食事。


 ま:食べ終わった我ら2人は出発までの時間、海までお散歩。朝日を浴びて
  きらめく海面の美しいこと♪そうこうしているうちにバスが到着。3人し
  て乗り込んだ。


 き:バスから見た景色はクレタ島らしい♪山々が険しく、道の途中に黄色い
  花々が咲いている。太陽の光が柔らかくてあったかいの〜


 ま:そーして気持ち良くなった私たちは、こっくりこっくり。9時過ぎに大
  きな町に入り、博物館前に停車。ここがイラクリオンだよん。まずはイン
  フォメで情報集め。


 き:ギリシア・トルコのインフォメで、初めて役に立ったところです。地図
  をくれました。それだけ。でもお陰で、すぐにいいホテル見つけたぜ。「
  ホテル・ダイダロス」ここの主人が良い。女主人なんだけど切れ者なのよ〜
  で、この人の娘さんがきれいなんだよね。壁にはイカロスの絵が飾ってあ
  るの♪もう気分は「クノッソス宮殿」


 ま:遂に静くんともお別れ。彼はユースに行くそうだ。ここは大通りから一
  本入ったところなので、そんなにうるさくない。シャワー・トイレ・テラ
  ス付で1人一泊2千円程度。気に入って、某『歩き方』に投稿しちゃいま
  した。
   さあて、期待していた博物館に行くゾー!


 き:博物館はいいよー!初期ミノア文明のものが、イキイキとしていて素晴
  らしい。なにしろ模様のセンスが抜群。面白い形のものも有ったよね〜「
  たこ模様」や「波模様」などなど。


 ま:「躍動感」という言葉にピッタリだったもんね、素朴な模様なのに。だ
  が、部屋を進むにつれ段々おとなしくなり、しまいには暗くなってしまっ
  た…。時代はミノア文明衰退期。いやぁ、1つの館内で勃興期〜全盛期〜
  衰退期を見せられると、人の世の儚さを感じますなあ。


 き:あとショックだったのは、クノッソスから発見された有名な壁画たち−
  ユリの王子やイルカなど−の
ほっとんどが修復だったってことよね。

 ま:うん…。ひどいやつなんか、復元するのに加筆が9割近かったもんね。
  例外は「パリジェンヌ」くらいかな。ショックで、ふらふらとクラシック
  期以降の部屋に行く。そこでのお勧めは、モザイクにプルート&ケルベロ
  ス&ペルセポネの像さっ♪「冥界トリオ」ってか?


 き:そう、ありは掘り出し物だったねー!思わず真紀の背中を台にして、写
  真を撮ってしまったもの。きれいだったに〜!ところでさぁ、あすこの小
  中学生はしつけがなってなかったよね。毎度のことながら、係員も含めて
  うるさいのなんのって!


 ま:ギリシア人は口から先に生まれてくるんだよ、きっと。(←失礼)さて、
  館内の売店で絵ハガキなどを買ってから外へ出る。そこのトイレに行った
  ら、電気がつかないんだよ〜!暗闇の中、ペンライト片手に格闘したので
  あった。


 き:昼食はフォーライオンの側の、感じのいいおじさんの所で。羊肉、トマ
  トとフライドポテトをナンで一緒にくるんだもの。私は美味しかったんだ
  けど、真紀はトマトとポテトもまとまって入っていたのが許せなかったん
  だよね。


 ま:そう。あれではそれぞれの素材のうま味を殺しちゃっているんだもん。
  (やはり私はトルコ流を支持するゾ)
   この日は金曜日だったため、突如お金が心配になった。換金出来るとこ
  ろを探して、あちこち歩き回った挙句、やっとこら
郵便屋台で両替完了。
  これで週末も飢えずに済むぞ。


 き:さて、今日は夕食に凝るぞー!タベルナを探す。雰囲気の良さと外の看
  板に書いてあった値段につられ、豪華な店構えの所に入ってしまった。調
  理場で材料を見せてもらう。ここの店主がいいの♪低くていい声だし、落
  ち着いていて優しい感じ。それだけでニコニコもの。


 ま:教祖様ってば「おじさん好み」だったんね?でも確かに息子さんと揃っ
  て紳士でしたね。2人に勧められるままに、
タラモサラダカラマリア
  グリークサラダ、そしてメインの「スペシャルなんとか」を頼んだ。今回
  はワインでなく、ビールで乾杯。料理は上品な味で、私たちは大満足♪大
  方お腹一杯になった頃、もう済んだと思っていたメインの肉料理が30×
  50センチ位の大皿で出て来た…。


 き:肉の種類がひとり3種類ずつ。長さ18センチ程の肉と10センチのレ
  バー、そしてハンバーグ。目が点になったサ。強靱な胃袋コンビも、やは
  り向こうの人の食欲には勝てません。でも必死こいて全部食べたのだ。美
  味しかったけど、油あせものでしたね。


 ま:まるでスポ根ものドラマの様に、互いに叱咤激励しつつ口に運んだ。た
  だただ、おじさん親子の喜ぶ顔が見たくて頑張ったんだよ。ああ健気。彼
  らは非常に感激してくれて「ホテルはどこ?お礼に伺います」とまで言わ
  れちゃった…。
やめてくれー!恥ずかしいよぉ〜

 き:ハハハハハ!しかしお陰で久し振りに満たされて眠ることが出来たので
  あった。幸せ♪




 ま:翌日は久々の遺跡巡り。クノッソスへ向かいます。バスに揺られること
  15分で遺跡の入口に到着。入場してすぐのベンチで遺跡歩き用装備を整え
  てから、遺跡に踏み込んだ。


 き:いよいよあのクノッソスの迷宮に入るのよ〜♪だが前日には壁画が、そ
  して今日は遺跡自体も
殆どが復元されたものとバレて、興ざめしていた我々
  は淡々と見る。でも造りはさすがに凄い。天気もポカポカ暖かくて気持ち
  良い。青い空!やっぱり遺跡巡りはこーでなくちゃ。


 ま:「迷宮」というので、もっと迷路の様なものを想像していたんだが…。
  しかし帰国後、写真を整理する段階になって、ここの構造の複雑さに悩ま
  されたわ。うん、やはり迷宮だ。


 き:そうだね。やっぱり柱とか宮殿の造りはとっても素敵。私は大階段が好
  きさ!これを発見したエヴァンズは、本当に感激したんだろーなぁー。


 ま:クノッソス巡りを終え、一度イラクリオンに戻って昼食をとった。それ
  からフェストス行のバスターミナルを探しに行く。時刻表で確認したら、
  今からだとバスの便が良くない。で、後日改めて出直すことにした。


 き:テケテケと来た道を戻る途中、レースやタオルを扱っているお店を見つ
  けた。店員のおばさんもホワ〜としていて感じがいいので、つい沢山買っ
  ちゃったんだよなぁ〜


 ま:お土産レースを抱えて、裏道で「うんとか」を見つけて興奮して、フラ
  フラになった私たち。


 き:頭を冷やすため、一旦ホテルへ戻ることにした。おっと!お菓子も買い
  出ししといたよ。


 ま:ところが部屋に入った途端、私だけくしゃみが止まらなくなり、1人で
  
シェスタ。と、その時「アリさん事件」が起こったのである。

 き:お菓子を食べている時、ふとテーブルの下に目を向けると、アリさんが
  ワサワサ行進している!昨日食べたものが落ちていたのか?せっかくいい
  ホテルを見つけたのに、アリが壁らら出てこよーとはっ。虫がダメな2人
  は足を椅子の上にあげ、少しも食べカスをこぼさないように格闘したのだっ
  た。私たちって一体何者?ダニの次はアリかよ…。




 ま:次の日は、天候と私の鼻カゼ悪化のために休日にした。の〜んびり過ご
  す。この日、アテネ行の航空券を買ったんだよね。




 き:翌日、まず2度目の不要荷物送りをした。早起きしてモロシニの噴水前
  からバスに乗り「ギャラクシー」というところまで。今回はパッケージも
  郵便局で用意されていた。しかし重量は2人合わせて7キロ近くあったの
  で、トルコの時と同じ位の送料がかかっちゃった。


 ま:さあ、ゴルティスへ出発だ。1時間強で到着した遺跡は「ぶ〜!」だし、
  トイレを開けてくんないしで、プリプリ怒っていた。これでお金取るなよ
  な〜!でもね、お花が一面に咲き誇っていて、日射しはポッカポカ。さっ
  さと遺跡を後にした私たちは、フェストス行のバスを待つ間『ラスカル』
  など、某名作劇場の主題歌を歌いまくっていたわ。


 き:歌いまくっていたのは真紀でしょ!私が歌ったのは『ラスカル』だけさ。
   13時半頃、後ろから走ってきたバスに手を振り、途中乗車してフェスト
  スへ。この乗り継ぎって好きよ♪ワクワクするよね。見捨てられ、走り去
  られると哀しすぎるけど。
   フェストスは壷が良かったね。遺跡としてはなかなか。発掘途中のとこ
  ろも面白そうだった。


 ま:遺跡のバックに聳えるイダ山の美しいこと♪そして、フェストスの壷の
  ぷりち〜なこと♪見学後、麗らかな気候と景色につられ、たまにしか車の
  通らない道をてくてく歩いちゃったもんね。


 き:「メインストリートに出ると、バスが沢山ある」と言った兄ちゃんたち
  のお言葉を信じてしまった我ら。ここでの「沢山」と自分のそれとの感覚
  の違いを忘れておりました。でも花盛りの風景に心も和む〜♪またまた強
  引に途中乗車して一路イラクリオンへ


 ま:その後の記憶が全く無し。せっかくの絶景も何のその、ひたすら眠り続
  ける。バスターミナルに着くと、その足でタベルナへ。美味しい食事を済
  ませて、おやつも仕入れて、幸せのうちにクレタでの最後の夜は更けていっ
  たのである。


 き:こうして素敵な思い出を胸に、ギリシア本土に戻って行ったのだった。
  しかしイラクリオンの空港ではイヤな思いを沢山したぞ。




 郵便屋台 郵便局の出店みたいなもの。有名な観光地にはよく店開きしている。

 タベルナ ギリシア版大衆食堂。ギリシア料理が食べられます。

 タラモサラダ タラコ入りマッシュポテト。パンに塗ってもうまい!っす。

 カラマリア イカの空揚げ。醤油をかけると更に日本人好みのお味に。

 うんとか いえね、射手座と蟹座の黄金聖衣をおもちゃ屋で発見しちゃって…
      パッケージでは黄金6人集が決めポーズしてんだもん。


 シェスタ お昼寝。地中海諸国では公認なんだって?うらやましい〜

 イダ山 幼いゼウス神が育ったところ。
     やはりギリシアを歩くには「ギリシア神話」が必需品ですな〜







ナフプリオン

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NAFPLIO

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 ま:1時間足らずのフライトでアテネへ到着。なんと1ヶ月振りだ。海はも
  う春の色♪何となくウキウキしちゃうね。バスを乗り継いでターミナルA
  へ。おおっ!建物が美しく生まれ変わっている。去年は建築中だったのに、
  1年で完成するなんて偉い偉い。感動のあまり、そこで昼食をとってしまっ
  た。


 き:ナフプリオンに着く。ここは宿探しが大変。結局「アテナ」というホテ
  ルにしたけど、ここも良くなかったよねー


 ま:ごうよくババアとすけべジジイが経営しててさ、腹をたてた2人は1泊
  で飛び出した。他のホテルを見つけて(でもこれも失敗…Dランクだよぉ
  〜ん)、この日は市内の博物館に行った。そこで上にガラス張りしただけ
  の壁画を見て不安を覚える。ちゃんと保存する気が有るんだろーか?いく
  ら湿気の少ないギリシアでもねぇ。


 き:ウン。ミケーネ時代の素晴らしい壁画なのにね。その後パン屋で大きい
   パン、スーパーで魚の缶詰とオレンジジュースを買い、パラミディの丘
   を登って要塞を見たのサ。


 ま:遥か遠くに見えるはペロポネソスの山々。眼下は真っ青な海!絶好のロ
  ケーションだぜ♪なのに苛ついちゃうのは、次から次へと登って来る
ヴァ
  カ者
たち。でっかいラジカセ片手に、音楽ジャンジャン流しながらやって
  来る…。どうしてそうも騒ぎ立てるのだろ?興ざめだよ!


 き:全くね〜。ここはお花がとってもキレイで、真紀は「遺跡写真家」から
  「お花写真家」へと転向したんだよね。


 ま:教祖様はアイスに目が眩んで、丘に登る前と降りて来た後の2回食され
  ていましたね。
   さあ、まだ日は高い。陽気に誘われ、午後はお土産探し。この時、初め
  て気に入ったペンダントヘッドを見つけたよ♪


 き:蜂のだよね。イラクリオンの博物館に展示されてたやつ。これをしてる
  なんて「つう」だよな、知る人ぞ知る。


 ま:ふふっ。我々は一旦ホテルへ戻って「旅行日程変更計画」に燃えた。こ
  れまで「みじめ」な気分が続いたので、残りの期間「旅」から「観光旅行」
  への格上げを目指そうとしたのだ。満足のいくプランを練り上げて、意気
  揚々と夕食を食べに行った先のレストランで、只の炭焼き料理を食べさせ
  られ、また腹を立てる。


 き:魚介類食べたさに、タコを店頭に置いてるレストランに入ったのよね。
  でも「料理」とはとても言えない。
タコの足を暖炉の火で焼くだけなのサ。
  
松ヤニワインは変な味だし、サイテ〜!

 ま:更にこの夜は、教会の3・3・7拍子の鐘の音にうなされつつ過ごした
  のである。
   翌日はエピダウロスへ出発だ。おっとその前に朝食朝食。


 き:パン屋でドーナツ・クロワッサン・チーズパンを買い、公園で食べよう
  としたら…なんと鳩が私の手に糞を!あと5ミリずれていたら、パンにか
  かってたゾー!狙ったな〜焼き鳥にしてくれるわあ〜!!


 ま:食べ物のことになると、動物相手にマジになる我ら。おまけに出かけた
  先にゃ、ヴァカ者の団体がぁ〜。劇場はそいつらに占領されているし、博
  物館は
フランスが酷い展示をしてるし…哀しひっ!

 き:無茶苦茶よね、あんな狭いとこに無理矢理詰め込んで。すごいレリーフ
  なのにぃ〜。せめて英語の説明文と、出土場所や時代を記載、レプリカか
  否かは分かる様にして欲しーわ。
   遺跡の方は「全行程30分」と書かれていたけど、そんなもの我らには
  当てはまらない。2時間はかかったよ。結構バチバチ写真撮ったなぁ。当
  初の予定より1本遅い16時発のバスを待つ間、太陽の下、絵ハガキなど
  を書いて過ごしました。


 ま:ナフプリオンに着いたのに、寝ぼけてて気がつかない私は、教祖様に引っ
  張り起こされた。お昼を抜いているのでクラクラ。おまけに2人して耳が
  ヘンなの。聞こえにくくなっているのだ。さすがは食欲魔人?


 き:サンドウィッチ屋に寄り、とにかく食す。ケバブとオレンジジュースだ。
  やっとナフプリオンで笑顔のいいヤツに会えた。ここの少年と夕飯を買っ
  たサンドウィッチ屋の兄ちゃん。


 ま:目のしっかりした若者も、数は少ないけど居てくれてホッとした。でも
  この土地で良かったことって、これダケじゃない?あ〜あ!




 ヴァカ者 おちゃらけた若者のこと。「若」の文字に濁点をつけて読む。[造語です]

 松ヤニワイン レツィーナと呼ばれるギリシアのワイン。
        松ヤニの香りがついていて、これはさすがに慣れませんでしたね〜


 フランス ここエピダウロスはフランスの発掘隊が作業をした。
      それ以外でも、フランスが発掘した遺跡の修復方法や出土物の展示の仕方が、
      どーも我らの感覚に合わなくて見にくいのだ。(ワガママ)







デルフィ

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DELFI

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 き:ナフプリオン→アテネ・ターミナルA→バスターミナルB、そしていよ
  いよデルピ♪へ。このバスに乗る人は、なんか素敵な人が多い。でもね〜
  バス内の余りの暑さに皆へきへき。窓を開けさせてくれないのよー何で?
  それに休憩を取ってくれないものだから、脱水症状になりかけて気持ち悪
  くなるし。爆発寸前のところで止まったドライブイン。


 ま:乗客の殆どが、目の色変えて飛び出して行く。我々はふた手に別れて、
  ジュースとスブラキを買いに走った。教祖様の方はともかく、スブラキ屋
  の前で並んでいた私は、自分の番になった時、ギリシア人の男に横入りさ
  れた。只でさえ暑さでカッカしているのに、もう怒った怒った。


 き:ジュースを抱えて走ってきた私が「どうしたの?」と問うと、真紀は爆
  発!2人して大声で「ふざけんなよー」とか言っていたら、その兄ちゃん
  はスゴスゴとどこかへ去っていってしまった。ここのつぶ塩スブラキの旨
  さは特筆に値する。


 ま:ふふ、勝利の味よ。デルフィの手前の町アラホヴァは、昨年とうって変
  わって、スキーヤーがウヨウヨ。「やめて〜」と叫んでいたら、デルフィ
  にもバスの列・列・列。クラクラしちゃいました。静〜かな町だったのに。


 き:ホテルは「ヘルメス」に決定。ここには美人のお姉さんがいたのサ♪そ
  れで2人ともつられてしまった。荷物を置いて、夕食のパンを買う。その
  ままイテアの町の見える高台に登って、ボ〜としながら食べた。きれいだっ
  たよなぁ。灯りがポツポツ見え始めて、静かで素敵な夜景だったサ。


 ま:翌朝お空は一面の雲。でも我慢するわ、遂にメインのデルフィだもんね。
  まず教祖様感激の博物館。スフィンクス像がいいよね〜♪御者の像は美形
  だし。ただフランスがちょっかい出してるからなぁ…。さて、お次は遺跡。
  我々「てるてる教団」の聖地(勝手に命名2)であります。どうです?ご
  感想は。


 き:すっごい!さすがの景色さっ。見晴しも空気もいい。山奥で、人がいな
  ければ、ほんとに厳かな感じね〜


 ま:天気がイマイチだったのが残念だったね。アポロン神殿を通って劇場の
  上へ。ここで
アベル様の音楽を聴く。ああ至福の時刻[とき]♪

 き:お姉さんは、晴れた空の下のデルピ♪が見たいの。スタジアムへ行き、
  ぐるりと周囲を回って来る。…と、晴れてきた晴れてきた。


 ま:我ら2人の「3時迄でいいですから、晴れて下さい」とのワガママな願
  いが聞き入れられ、この後向かった「アテナの聖域」では、真っ青な空の
  下の遺跡写真を撮ることが出来た。らっき〜♪ここでは
『ピアノ・ファン
  タジア』
を聴いていた。

 き:実に気持ちよかった〜♪このボ〜としている時間が何よりもいいよね。
  私はとっても気に入ってしまい、この聖域の写真を何枚も撮ってしまった。


 ま:さて!お次は第2の聖地(勝手に命名3)オリンピアだよん。



 アベル様の音楽 横山菁児/作曲 32CC-2572 名曲っす。
         この曲をバックに「私の神殿に来るがよい」とアベル様に言われたら、
         てるてる教団員は3人共喜んでついて行っちゃいます、ハイ。


 『ピアノ・ファンタジア』 横山菁児/作曲 美野春樹/編曲・ピアノ演奏 32CC-3217
              晴天下のギリシアの遺跡を散策しているイメージの曲が全12曲。







オリンピア

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OLYMPIA

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 き:デルフィーのインフォメで教えてもらった新ルートでオリンピアまで行
  く。アテネ経由とどっちが近いかナ?デルフィ→イテア→ナフパクトス(
  途中の海がとってもきれい♪)→アンディリオまでバスを乗り継いで行き、
  船で対岸のリオに渡る。


 ま:そこからパトラまでは、またバス。どこで降りるのか分からずキョロキョ
  ロしていたら、救いの女神が!デルフィからずーと同じルートで動いてい
  たカップルのお姉さんが教えてくれたの。その人がまた大層な美人でね♪
  雰囲気が
フィアナに張るのよ、髪はショートなんだけど。

 き:そう、すごく素敵な人♪「美人に会うと、いいことがある」のは、私ら
  の旅のジンクスとなりそうだ。ナントこの親切なお姉さんは、テッサロニ
  キ人なのだ。ウ〜ン北部にもたまにはいい人がいるんだねー、おどろきっ!
  (偏見)


 ま:2人共オリンピアに行くそうなので、そこからは殆ど一緒に行動してい
  た。そういや、ここパトラで昼食を仕入れに行った教祖様。戻ってくる足
  取りの軽やかなこと!一目見ただけで、いいモンが買えたと分かったよ。


 き:いや〜実にいっぱい具を入れてくれたんだもの。美味しかったでしょ?
  フィアナお姉さんは、お母さんの手作りパンを分けてくれたんだよナー。
  なんていい人なんだ。


 ま:食べ物をくれた人の恩は忘れませんよぉ〜私たちはぁ。18時にピルゴ
  スを発ったバスは、オレンジ色からピンクに移り行く風景の中をオリンピ
  アに到着。だが、その感動をぶち壊してくれたのは、派手なネオン群だっ
  た…。


 き:おまけに予定していたホテル「アポロン」は、今日はお湯が出ないそう
  なので、他を探す。結局「ヴェラ」にしたが、ここはケバかったね。


 ま:雰囲気が良くなかったね。安さにつられて泊まった訳だけど。
   さて、デルフィ以降「
旅行」を目指していた我々は、メジャー路線でい
  くことにしていた。ガイドブックに載っていた「ペテス・デン」に向かう。
  しかしだ、お財布ちゃんがその夢を粉々に砕いてしまったのだ。


 き:余りの高さに目が眩んだわよねっ。ったくガイドで紹介されると、すぐ
  値段を上げて!でも、そのおかげで本当に家庭的な美味しいレストランを
  みつけたさっ。


 ま:ね〜♪この町に着いてから、突如始まってしまった花粉症の症状も何の
  その「うれしー♪おいしー♪」って食べてたんだよな。


 き:メニューはザジキとポーク、そして新鮮なサラダ、美味しいパン。最高
  だった♪ホテルに戻ると、まったくー!廊下にすら電気をつけてくれてい
  ない。お湯は出ないし暖房もついていない。怒って交渉しに行ったのサ。


 ま:私は私で、食事の満足感と花粉症で頭はグルグル。さっさと寝てしまい
  ました。




 き:やっぱ、このホテル嫌!1泊で出て、またまたフロントの美人なお姉さ
  んにつられて「フィディアス」というホテルにした。
   さあ遺跡だぞー!まずは博物館へ。あれ?鉄の扉が閉っている。「ここ
  まで来て休館なんて、冗談じゃねーぜ!」と、扉をガシャーンと開けた。
  「開くよ〜」と真紀に言って中を覗き込んだ途端、職員が飛んで来て
  "Closed! Closed!" 今日は午後から開館なんだそうだ。


 ま:教祖様ってばお見事!こんな成り行きで、遺跡から見ることになった。
  ゆっくりゆっくりポイントを押さえて写真を撮る。


 き:柱・ハシラ・はしら…。あ〜これよ!私は嬉しかったね。晴天でさ、お
  花はいっぱい咲いているし。アベル様の曲を聴きながら、お昼寝をしまし
  た。すると…昨日の親切なお姉さんが手を振っているではないか!ウ〜ン
  嬉しかった。


 ま:遺跡巡りを終え、腹ごしらえにソフトクリームを食べてから博物館へ。
  ここの博物館は、グリフォンくんをはじめ聖獣が多くて、とってもお気に
  入り♪彫刻なら「赤子のディオニソスを抱くヘルメス像」でっせ!


 き:14時過ぎ、ホテルに戻って遅い昼食。シェスタをとって、夕飯はまた昨
  日の店へ。今夜は
メタクサにトライ!

 ま:甘くておいしかったね〜♪私は「お土産に買うゾー」と密かに決心した
  のである。


 き:真紀は気に入って飲みまくり、顔色は赤を通り越して紫になったのよ〜!

 ま:だって飲めちゃうんだもん。そうそう、この店の息子が、とっても利発
  そうな美少年なんだよー。教祖様が発見したの。余裕あるよな〜花粉症の
  酔っぱらいは、気がつきませんでした…。




 フィアナ 1983年にテレビ東京系で放映された『装甲騎兵ボトムズ』という作品のヒロイン。
      真紀は、続編まで全てビデオ持ってます。すんません、好きなもんで…


 ザジキ 細切りしたキュウリをヨーグルトであえたもの。
     味付けは塩とにんにく。さっぱりしてます。


 メタクサ ギリシアのブランデー。入っている箱も雰囲気出てるよ。






アテネ 2

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ATHINA 2

19900313-17

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 き:オリンピアからアテネへ。バスの中ではぐっすり寝た。アテネへ着いて、
  まずは宿探し。
アフロ屋へ行ったが、聞いていたのとは大違い…。

 ま:料金もドーンと上がっているし、フロントの兄ちゃんはふてぶてしい…。
  昨年のほんわかした雰囲気は今何処?とっても気に入って、一週間も滞在
  してたのにぃ。


 き:結局、初めに泊まった「パン」にした。しかし、今度の部屋はまたもや
  悲惨。最後までホテルには恵まれない。


 ま:日の光も射さない暗〜い部屋。まあ、車の騒音が聞こえないのは、良かっ
  たけどね。
   さあ!大韓航空のリコンファームだ。ヘンなトコに有るもんだから、暫
  く探し回ってしまった。


 き:バスのチケット売り場に居たおじさん達にもきいた。電話までしてくれ
  たのに、全然説明が分からない。と言うより、その方向に行っても見つか
  らないのだ。それもそのハズ、死角にあったのサ。もっと目立つ看板でも
  出しておいてくで〜!ダナエトラベルに辿り着いたのはいいが、私のチケッ
  ト「字が薄くなっていて危ないから、気をつけて」なんて言われちゃった…。
  そこまで過酷な旅だったのね。


 ま:次はお土産探し。欲しい物の相場をチェックしつつ、プラーカ地区をウ
  ロウロしてたら迷ってしまった…。道を尋ねたお店のお姉さんがキレイだっ
  たもんだから、2人揃って買う予定の全く無かった指輪を購入してしまっ
  た。う”〜ん…。(でもとってもお気に入りの一品なのさっ♪)


 き:イルカの指輪さ♪値切ったんだよね〜。その日の夕食はピザ。これは旨
  かったぞ。


 ま:翌日からは、それぞれ自分の行きたいトコロ巡りをした。なのでその分
  は別個に記します。




 アフロ屋 1989年康くんとの旅で滞在していたホテル「アフロディーテ」のこと。





教祖の3月14日
真紀の3月14日
 これから2日間は真紀と別行動になる。私が見たい所は、彼女が既に見てしまった所ばかりだからだ。「1人で行く」と言っても、行き方は真紀が知ってるし、特別に何も問題は無い。今日のコースは、ゼウス神殿→ディオニソス劇場→考古学博物館→スニオン岬。ここで真紀と合流する予定だ。
 ゼウス神殿はでかい。長旅で見て来た、どの柱よりもでかくて素晴らしい。おまけに人は殆どいなかった。朝早く行き過ぎたので、まずその全景をぐるりと柵の外から見ることが出来、いいアングルの写真が撮れた。また遺跡の隣の公園でゆっくりして、マラソンする人々や朝から寝ている人を見ることが出来た。こういうトコロがフリー旅行の醍醐味よね。ハプニングが、かえっていい事を引き出してくれる。
 中に入ると、もう私は切れていた。端から端まで走り回るし、柱のそばに寄っては、柱と柱の間の影と光を楽しんだりした。でもやっぱり、広い遺跡ではパートナーが欲しい。その感動を分かち合えると、もっと嬉しいんだよね。
 ディオニソス劇場には、やらしい監視員がいるが、旅慣れていればまず大丈夫。上まで登って、道ある限り歩いて行くと、工事をしていた。その先が音楽堂。上がパルテノン神殿。集団で来ていたギリシア人小学生に、一斉に見られてしまった。彼らは柵の向こうのパルテノン神殿側にいたのだ。


 さあ、考古学博物館へ。ワクワクする。絶対に案内標示が出ているとみて、地図も出さずに行く。案の定あったので、それに従って行く。やがてでかいヤシの木があり、ツアー客のバスが停まり、人が大勢いるド派手な遊園地の様な所に出た。「いやここは違うだろう」と思い、立看板がその左の道を指しているようだったので、ずんずんと入って行った。しかし行けどもない。仕方ないので地図を出し、人にきいてみると「今来た道を戻れ」と言う。戻ってみると、またあの「遊園地」に出た。名所らしき所はそこくらいしかない。また人にきくと「目の前がそうだ」と言われてしまった。ウソッ…。子供ゾロゾロ、大人ゾロゾロ。おまけにこっちの人って皆、普段から原色着るから遊園地に見えるのよ!でも真紀、こんなツアー客いるって言ってなかったよなぁ…きっと去年は違ったんだよねぇ…。
 考古学博物館は展示物が素晴らしい。ミノア文明から始まるが、細工や模様が実にいい。私が卒論で扱ったマスクもあった。じっくり見ていたら、最初の部屋で1時間以上も費やしてしまった。焦って、後はかなりハイペースで見る。スニオン岬のポセイドン神殿にあったというクーロス像は、今にも動きだしそうな巨大な像で、海をバックに立っていたかと思うと、ゾクゾクする程迫力がある。これが一番良かった。アテナ像は見れなかったよ〜。部屋が閉っていたのだ。

 午後2時に真紀と待ち合わせ。人にきいて、その頃出発のバスに乗り込むが、一向に来ない。お菓子とジュースを買い込んで待つ。実は真紀は山側の、私は海側のバスに乗ってしまったので、会えなかったのだ。スニオン岬はすごい人・人・人・人。げんなりして下へ降り、崖の様な所へ行く。と、人影が…真紀だった。






 別行動初日、私はエレフシスに行った。アテネ観光地のはずれが、そこへ行くバスのターミナルである。ここが始発なので、座れて良かった♪(アテネ、いやギリシアのバスの乱暴さ無謀さは、乗ってみないと分からないぜよ)
 40分位揺られて、やっとエレフシスの町に入ったが、遺跡ってばドコ?標示を探していたら、海に出てしまった。さすがに「まずい」と運ちゃんに尋ねたら、そこで降ろされてしまった…。おいおい、どーしろって言うんだよ!人を見つけて、きいて、何とか遺跡の入口に着く。

 「わ〜♪」残ってる残ってる。感動して、最初からビシバシ写真を撮っていった。アルテミス神殿、大前庭、大前門。その横には、ペルセポネを探すのに疲れたデメテルが休んだ…という井戸がある。小前門を抜けた右手は、岩を利用したプルトニオン。そこにはふっかーい穴が有り、柵で囲まれていた。あれが冥界への入口かね?
 更にその先が、エレフシスの密儀が行われていたテレステリオン。その他見ドコロいっぱい。同じ敷地内に建つ博物館もいいものが揃っているし、おススメだ。それだからこそ、十年以上前に出版された白黒の1册しか、この地に関する本が無かったのは、ちとショックであった。

 さあ、アテネに帰って教祖様と落ち合うぞ。しかしバス停はドコ?来た時と同じく、ぐるぐる歩き回ってそれらしい所を発見。1台に見捨てられて、次のに乗った。お昼過ぎにターミナル到着。お腹すいたよー!テセイオン駅手前のスブラキ屋で食べる。
 地下鉄でビクトリア駅に行き、そこから考古学博物館へ。「あじゃ〜」観光バスの列・列・列。前庭には人・人・人。昨年の地味な雰囲気は何だったのだろう…。気を取り直して、館の入口の階段に腰掛け、日なたぼっこをしつつ教祖様を待つ。んでも会えなかったので、当初の約束通りスニオン行のバス内で待つことにした。が、来ぬ。そうこうしているうちに、バスは出発してしまった。

 車内は次第に混んでくる。チケットを売りに来た車掌さんに行き先を告げると、周囲の人々も含めて「スニオン!?」とびっくりしていたが、どうしてなのだろう???
 2時間ちょっとで岬に着く。車掌さんと運転手さんが、声を合わせて「す〜にお〜ん!」と叫んでくれた。なによ…。

 やはりここのポセイドン神殿は美しい♪どのガイドブックも「夕焼けのスニオン」を薦めているけれど、私は青空の下のそれを推薦するね!神殿の白が一番映えるのは、海と空が青く輝いている時だと思うから。それにさ、「
海底神殿」の曲が似合うのも、昼間のスニオンなんだよな。
 崖下で1人ボ〜と海を見ている。30分後、海ルートのバスで教祖様ご到着。こうして、やっと会えた2人は強風の中、寒さに震えつつ曲を聴いていたのである。


 海底神殿 横山菁児/作曲 32CC-2999
      てるてる教団員は、この曲なくして
      エーゲ海を語れません。


 帰りは海ルート。夕陽を見ようと一番後ろの席を陣取ったが、これが失敗。夕陽の沈みゆく様はとってもキレイなんだけど、いかんせんバスがビョンビョンと跳ねる跳ねる跳ねる…。ジェットコースターよりお尻が痛くなる。
 バス内の乗客全てが老若男女問わず一斉に飛び上がる様子が繰り返し目に入るものだから、初めはゲラゲラ笑っていたが、2時間以上も続けられた日にゃ胃がひっくり返ったみたいで2人して苦しんでいた…。

 アテネ市内に戻り、昨日ピザを買った店で夕飯にしたが、そこで食べると今イチだった。またホテルではシャワーが壊れてお湯が少ししか出なくなった。色々トラブルが続きます。






教祖の3月15日
真紀の3月15日
 別行動2日目はコリントスだ。行きのバスではぐっすりと寝てしまう。周りの人々はとてもやさしそうに見えたから、心配する事は何も無い。

 コリントスの遺跡は素晴らしかった。だがここの博物館は面白くない。遺跡内にはお花が沢山咲いていて、ウワサの糞も無かった。昔の人々の暮らしを想像させてくれる程そっくりそのまま町の形を残している。まるで、ままごとをしている気分で楽しめる。なんと言ってもアポロン神殿は良い。海が見える。ちょっと風は強いが、天気が良くてポカポカしているので、柱の残骸に腰を下ろして休む。
 掘り出し物はペイレーネの泉。ちょっと足場が悪いが、中へ思いきって入ってみると、素晴らしい造り。排水も整っている。ここに色々な彫刻があり、水が流れていたかと思うと、その美しさにため息がでるようだ。本当に見どころの多い所で満足満足。

 帰りのバスではぐっすり眠りこけていた。普通、車掌さんが切符を確かめに来るのに、私は確かめられなかった。そんなにグーガー寝ていたのだろうか?起こさないでくれていたのね。

 ホテルへ帰ると、真紀は既に部屋にいた。昨日壊れたシャワーの修理に立ち会ってくれ、その後で遊びに行ったのだ。亀に会ったり、おたまじゃくしを見たという。お互いの報告をひとしきりして、夕飯を食べに行った。
 韓国料理のお店でビビンバとキムチを注文した。ここのウェイターは暇だったらしく、私たちに妙にかまう。ビビンバをかき混ぜていると「こうするんだ」というように私の分を取り上げて、スプーンにのせて「あーん」というジェスチャーをする。はっきり言って「バカにしとるのか、おのれは!」とムッとしたが、ここで怒るのも馬鹿らしいのでノってあげた。外人に食べさせてもらうというのは、なんとも言いようもない変な気分だ。
 この男もまた、私のトレーナーの「MIKI HOUSE」の文字を「ミッキーマウス」と読んでは喜んでいるのだった。黒のミッキーマウスのトレーナーが有ったら、恐ろしいだろうが!
 懐かしいアジアの味で、妙にお腹が満足したが、やっぱりいっしょくたんに混ぜこぜにしないで、1つ1つ食べた方が美味しいし、楽しいと思ったのだった。真紀は随分満足してたけどね。




 昨夜お風呂の蛇口が壊れた。朝食の時フロントに伝えたら「10時過ぎに修理の人が行く」と言う。いま8時半だぞ…。近場を見学予定の私が残る。たまっている日記を書いていたら、おじさん(とってもインテリ風)が直しに来てくれた。20分程度で修理完了。私も出発だ。

 観光地の先、西の端にあるケラメイコスへ向かう。同じアテネ市内に有りながら、あの喧噪が嘘のような静けさだ。
 遺跡を一周して博物館の方へ行く途中、カメさん発見。私は妙にそいつが気に入ってしまい、フィルムが残り少ないのに写真を撮ってしまった。冬眠から目覚めたところだったのかな?すぐ近くを流れていた小川では、メダカやオタマが泳いでいるし、う〜ん春なんだなぁ♪
 その先には墓碑が幾つも立ち並んでいる。それらがモロにシュミのやつばかり。広角でまとめ撮りしておいた。そして博物館。ここは壷好きの人にはおススメする。余談だが、この館の監視員のおっさん達は、覚えた日本語をやたら使いたがっている。暇な人は相手してやってちょうだいな。

 次は天文台のあるニンフの丘を通り、隣のプニクスの丘経由フィロパポスの丘。昇り下りを繰り返し、記念碑からちょっと離れた岩場で休憩。この丘から撮ったアクロポリスの写真が、パンフ類でよく見かけるやつである。確かに絶好のロケーション。何十分かボーと景色を眺めてから丘を下る。どうやら散歩道のようだ。玉石を使って様々な模様が描かれており、微笑ましい。

 あとはお土産探し。いいお店を見つけたんだよ〜♪手織り刺繍のお店。ギリシアにしてはセンスが良くて、買い占めたいくらいだ。取りあえずランチョンマットを買い、またブラブラとプラーカを歩き回る。
 通りを北に抜け、昨年ごひいきにしていたミトロポレオス大聖堂横のお店へ。英語版の書籍の棚を見る。あや〜!「ギリシアの博物館」の英語版がある。去年は独語版しかなかったのと、ギリシアの後にトルコへ行った為、重ーいこの本を泣く泣く諦めたのだ。7000Drだって、どーしよー?
 長いこと悩み抜いた末に、結局買ってしまった。店のおじさんは、同じサイズの美術書2册も「一緒に買わないか」と強く勧めた。冗談ぢゃない!3册も担げる訳ないだろ。本を抱えてフラフラとホテルに戻る。「やってもーた」と呆然としているうちに教祖様がご帰還したのだった。






 アテネでの最後の日、当初の予定「お土産デー」を変更。教祖はローマ時代のアゴラにある風の塔を見学してから、真紀は直接考古学博物館に向かうことにした。
 人が殆どいない1階を突き進み、2階へ直行。10時頃には教祖も到着し、同じく2階へ。お昼をメドにハイペースで鑑賞する。

 博物館の2階は壷のコーナーである。単調な幾何学文様から、何かをかたどった絵がはやり、直線文様から円形や波形文様になる。やがて人.スフィンクス・グリフォン・ゴルゴンが描かれ、神話をモチーフにしたものに移り変わる。
 別室にはアトランテス伝説のあるサントリーニ島から出土したものが収められており、その壁画が教祖のお気に入りだ。真紀は同じ階で特別展示中のコインコレクションを見ていたら、また監視員のおじさんに話しかけられた。てるてる教団員は博物館を見学していると、3人が3人共ちょくちょく係員に声をかけられる。感想を求められたり、説明を受けたりするのだ。
 お昼前に2人は遭遇。時間も時間だし、地下のカフェで腹の足しになるものを食べることにする。しかし不味い!高い!機嫌が悪くなる。なぜかギリシアの博物館って、書籍も食べ物も他の店に比べて高いんだよね、不思議〜

 また14時頃まで見学してから博物館を出る。2度目の昼食を済ませ、土産物を買うべく地下鉄でモナスティラキへ。片っ端から買いたい物の値段をききまくる。全て買い終わった時点で残金3,000Drちょっと。予算が足りなくなったのでレストランではなく、地元民で賑わうタベルナに変更して夕食をとる。
 ギリシアでの最後の夜を飾るべく、メニューはスブラキとタラモサラダだ。しかしここでもギリシアらしい出来事が。それはトドメ!とばかりの「おまかせ」デザート。なんと出てきたのは、丸ごとのリンゴと食事の時に使う切れないナイフ。どうやって食べろと言うのだろう?
 私たちは勿論「器用な日本人」の名に恥じぬよう、クルクルと皮を剥いて食べた。周囲のギリシア人達は、おかしなものを見る目付きであったが…。









旅の終わり (チューリヒそして成田へ) 19900317-20

 ま:遂にアテネを発つ日がやってきた。朝食と支払いを済ませて、エクスプ
  レスバスで空港へ。エリニコン空港では国際線にもかかわらず、
セキュリ
  ティーチェックも何も無くチェックイン完了
。いいかげんだなぁ〜

 き:免税店で買い物をしたんだぜぇ。メタクサを買った♪私たちは殆ど免税
  店で買い物をしない、ふつう。結局オリンピック航空のスチュワーデスに
  キレイな人はいなかった。


 ま:2時間程でスイス・チューリヒに到着。空港の余りの美しさ(これがフ
  ツウなんだけど…)に浮いてしまう私たち。そこからは電車で市内へ。駅
  周辺でホテルを探すのだ。


 き:全てが完璧。インフォメーションも完璧な地図をくれた。その時はすごー
  く感動したけど、用意された旅のようだね。ホテルも完璧。「美しい」の
  一言。叫びまくったもの。


 ま:「2人の理想のお部屋」そのもの。白木で統一されていてさ、出窓まで
  ついている♪感動して、ロビーのおばあさんに「すっごくきれーで気に入っ
  た!泊まります」と伝えたら、ヘンな顔された。だって、だってさ…。


 き:そう、きれいなの!余りの感動にその言葉しか出ません。それに入口は
  自動ドア
なんだよ〜(日本人とは思えない、この発言)
   チェックインの後お土産を探し回るが、なかなか良いのがない。そのう
  ちにお店が閉まり始めてしまう。そう言えば今日は土曜日…。16時には
  閉店だ。スイスは時間に正確なのよね。でも私たちは一度来たトコでヘマ
  はしない。駅のチョコレート屋へ。ふ、開いていたさ。一杯…5千円分位
  買った。


 ま:スイスは物価、というより税率が高いねぇ。こりはとても痛い出費でし
  たわ。そしてチョコを片手に、駅に預けておいた荷物も持ってホテルへ戻
  る。残りの現金から判断して、夕食の予算を決めた。さぁ食うぞ!地元の
  おじさんたちでいっぱいのお店に入った。


 き:入口近くまで人が沢山いたけど、背伸びして見たら一番奥のテーブルが
  空いていたので、ズカズカと入っていった。言葉が分からないので、当て
  ずっぽうでメニューにあったコースを頼む。出て来たのは、でかい皿にポ
  テトとレバーがのっているだけのもの…。焦った。でも味はすごくいい♪
  このレバーはポテトをのせると臭みが消えるの。スープも超美味しい。だ
  がこの大量のレバーのせいで、
2人して後ではなぢを出したのだった。

 ま:食と住に恵まれて幸せ〜♪暖かい部屋に帰って、きれーなシャワールー
  ムでシャワーを浴びる。教祖様は「早くこのベッドで寝たいー」と先にリ
  タイア。私は1人で1時過ぎまで荷物の整理をしていた。




 き:さあ、ヨーロッパの地を後にする。しかし最後まで我々の不幸は続くの
  だ。飛行機が霧のため飛ばない。霧のスイスは美しいけど、私たちはこん
  なトコロで立ち往生している金は無いのだ。


 ま:「昼食用に」と航空会社から配られたミールクーポンは、1人たったの
  4スイスフラン。だが幾多の困難を乗り越えてきた私らはつおい!それ2
  枚と残った小銭をうま〜く組み合わせて、パンとスープの昼食をとった。
  他の人は、せいぜい飲み物1杯である。う〜ん上手いなぁと自画自賛。


 き:何とか飛べそうーということで、やっと乗り込んだ飛行機。4時間遅れ
  だったよね。アムステルダムを経由して一路アンカレッジへ。そしてソウ
  ル到着が19時過ぎ。東京便の人だけがソウル一泊を危なく逃れた。
   21時過ぎにやっと成田に着いた。税関では「これ2人の荷物?」とき
  かれてしまった。そしてまたまた中身を見られずに通過したのであった。
  自宅や康くんに電話を入れ、電車が終わっていたので最終のリムジンバス
  に乗ったものの、新宿に着いた頃には午前0時をまわっていた。


 ま:そこからは、聞くも涙・語るも涙。でっかい荷物抱えて、夜の新宿を髪
  振り乱し駆け抜けて行ったのに…。終電に間に合わず、ここで一泊するこ
  とに。教祖様が、安くてちょっと切れてるプチホテルを知っていたからい
  いようなもの。私たちって、とことん「
みじめ」。かろうじて空いていた
  部屋のベッドはセミダブルだったので「寝相がむっちゃ悪い教祖様のケリ
  が入るのでは?」と恐怖していたのですよ、実は。
   この夜、部屋のテレビをつけてビックリ。「日本語が聞き取れない…。」
  なんてインターナショナルな2人なんでしょ!


 き:ここでも私たちはグッスリ眠れた。こうして我々の「24時間リゲイン
  の旅」は、ようやく終わりを告げたのであった。


                                《完》


「旅のおこづかい帳」こと おまけ編




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 作成日:2002/07/28
 最終更新日:2002/12/21  改装日:2004/07/11 
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